日本史 > 旧石器
3万年前、丸木舟は本当に黒潮を越えた——それでも「渡ろうとした」とは言えない理由
台湾南東部の海岸を出たのは、一昨日の午後2時半すぎ。全長7.5メートル、幅わずか70センチの丸木舟に、男性4人と女性1人。GPSも地図もコンパスも持たず、星と太陽だけを頼りに、200キロ以上の海を渡ってきた。
この記事が行き着く問い
本編5分で読めます執筆:ツヅル
土偶は、たいてい壊れた状態で見つかります。しかも故意に壊したとみられるものが多く、脚の片方だけを折ったものが目立ちます。そしてその多くが、集落のゴミ捨て場から出てきます。
3万年前、台湾から与那国島まで225kmを、丸木舟が45時間10分で渡りきりました。2019年の実験です。草の舟でも竹の筏でも、黒潮は越えられませんでした。
縄文時代の三内丸山遺跡には、直径約1mのクリの木柱を6本立てた建物がありました。柱穴は直径約2m、深さ約2m、間隔は4.2m。
土偶が何のために作られたのかは、130年以上決着していません。 あの建物が何のためだったのかも、決まっていません。 集会所か、共同作業所か、見はり台か——公的機関ですら、挙げる説のリストが違います。
日本史 > 旧石器
台湾南東部の海岸を出たのは、一昨日の午後2時半すぎ。全長7.5メートル、幅わずか70センチの丸木舟に、男性4人と女性1人。GPSも地図もコンパスも持たず、星と太陽だけを頼りに、200キロ以上の海を渡ってきた。
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本編5分で読めます執筆:ツヅル
この媒体の記事は、たいてい「ここが割れている」ところから始まります。その前に、まず何なのかを知りたいときは、こちらから。
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この媒体が扱ってきた、まだ決まっていないこと。それぞれに「何が出てくれば動くか」を書いています。
旧石器
動くとしたら——捏造に関わっていない調査者が、関わっていない層から、独立に石器を掘り出したとき。 この事件で失われたのは石器ではなく出所の信用だったので、同じ石器を見直しても戻らない。★そして石か道具かの判別自体が難所で、栃木県星野遺跡の珪岩製石器は「人工品か否か決着がついていない」と協会が書いている
旧石器
動くとしたら——台湾東部か与那国島で、渡る準備をした跡が見つかったとき。 舟を作った場所、出発前に何かを置いた跡、向こう岸のものを持ち帰った跡。「渡れた」と「渡ろうとした」を分けられるのは、この形の証拠だけ
旧石器
動くとしたら——人が解体した跡のある骨が、まとまった数で出てきたとき。 1体では偶然と区別がつかない。★いまあるのはゾウの骨で作った道具まで(野尻湖、約4万年前)。骨に残った解体の傷ではない。「骨を使った」と「骨から肉をとった」の間に、まだ1段ある
時代の区切りそのものが、この媒体では論点です。「いつ始まったのか」が決まっていない時代があります。
武士の政権が、京都とは別の場所に置かれた時代。
まだ書いていません
権力が分かれ、地域が動いた時代。
まだ書いていません
短く、記録の密度が急に上がる時代。
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文字を書く人が、いちばん増えた時代。
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国の形と、歴史の書き方そのものが変わった時代。
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短く、写真と新聞が記録の中心になる時代。
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記録が多すぎて、選び方が問われる時代。
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記録がデジタルになり、消えやすくなった時代。
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まだ歴史として書ける距離にない時代。
まだ書いていません
その史料をどこまで信じてよいか。原本の有無、最古の写本、後世の加筆の疑いを1件ずつ書いています。史料そのものは置かず、どこで読めるかを案内します。
記事に出てくる言葉のうち、説明なしでは通じないものを集めました。
テフラ較正暦年代年縞ハイドロアイソスタシー縄文海進ドメスティケーションレプリカ法環状ブロック群細石刃接合資料
記事のもとになった検討の全文を、要約せずに公開しています。意見が割れたところは、割れたまま置いてあります。
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日本史・世界史のWebマガジンです。
この時代の人は、どう生きていたのか。 そこから始めて、わかっていることと、まだ誰も知らないことの境目まで案内します。
そして、わかっていないことには「何が出てくれば分かるか」を添えます。