決着していない論点 / 古墳

「謎の四世紀」という呼び名は、いつ作られたのか

論争中この一覧に載っている問いは、まだ決着していません最終更新 2026-09-16

いま何が争われているか

★国立国会図書館デジタルコレクションの全文検索に到達した(2026-09-10)。本文に「謎の四世紀」を含む最古の資料は『歴史研究』97号(戎光祥出版・1968年10月)「むすび謎の四世紀と対応して、五世紀初頭の王朝は応神·仁徳陵の存在と宋書·梁書の倭の五王を中核として」、次いで同108号(1969年12月)、上田正昭『日本の原像』(文芸春秋・1970年)、『論集日本文化の起源 2』(平凡社・1971年)、小宮義和『榴隠独語』(1971年)「「謎の四世紀」と呼ばれている」。1971年に「と呼ばれている」と書かれており、呼び名はそれより前に流通していた。 書名としては水野祐・北村文治編『謎の四世紀』(毎日新聞社・1974年)が最初。「空白の四世紀」の書名は1987年(西嶋定生ほか『空白の四世紀とヤマト王権』角川選書179)。★全文検索のヒットは698件で、出版年の分布は1960年代2・1970年代175・1980年代223・1990年代257。J-STAGE の全文検索で「空白の4世紀」は0件である一方、商業出版は1974年から2026年の新刊まで途切れていない。★同じ「謎」が指す中身が機関ごとに違う(岡山市=中国史書の欠落/近つ飛鳥博物館=河内に大型前方後円墳が無いこと/藤井寺市=好太王碑の倭の実態)

何が出てくれば決着するか

1968年10月より前の用例が確かめられたとき。 ★全文検索は OCR で、「無い」の証明にはならない。「最古」と書けるのは「確かめられた範囲で最古」まで——ただしその範囲は、商業出版の書名から、国立国会図書館の全文へ広がった

この問いを扱った記事

この問いの手前に残っている未確認事項

問いそのものが決着していないこととは別に、編集の側が、まだ元の資料に届いていない箇所です。

どの記事かどういう種類か内容確認できたら何が変わるか
「謎の四世紀」は、4世紀ではない二次情報から引いている266年(泰始2年)の記事が『晋書』のどの巻にあるかを、石井正敏の論文を経由して引いている。校訂本での確認ができていない巻と葉まで示して引けるようになり、読者が同じ場所を自分で開けるようになる
「謎の四世紀」は、4世紀ではない情報が食い違っている東晋が建てられた年を、317年と書く記述と318年と書く記述がある。どちらが正しいかを確かめられていない4世紀の中国側の年表を、一本の線として書けるようになる
「謎の四世紀」は、4世紀ではないこの記事では手が回っていない『三国史記』の4世紀の記事の年次をどこまで額面どおり受け取れるかについて、専門の論考に当たれていない312年から399年までの記事を、どこまで使えるか年ごとに書き分けられるようになる

この問いをめぐる検討の全文

この問いに対応する史料台帳

まだありません。この問いは、文字で書かれた史料ではなく、掘り出されたものと測られた値の側にあります。資料室には、いま3件の台帳があります。