時代から探す

時代ごとに、通史・記事・決着していない論点をまとめています。

区切りそのものが論点です

「縄文はいつ始まったのか」「弥生はいつ始まったのか」は、どちらもまだ決まっていません。公的機関のあいだでも、答えが数百年から5,000年ずれています。だからこの入口には、年数を書いていません。書いてしまうと、その先のページと食い違うからです。

旧石器

日本列島に人がいたと確実に言える、いちばん古い時代。

記事3本決着していない論点6件通史あり

縄文

土器が現れ、同じ場所に住み続けることが始まった時代。

記事3本決着していない論点9件通史あり

弥生

田んぼが来た時代。ただし、来なかったところがある。

記事3本決着していない論点10件通史あり

旧石器

日本列島に人がいたと確実に言える、いちばん古い時代。

時代の流れを順に追う(通史)

  1. 1通史① 旧石器時代——日本列島に、最初の人がいた15分で読めます

一つの論点を掘る記事

この時代の、決着していない論点

前・中期旧石器は、あったのか

動くとしたら——捏造に関わっていない調査者が、関わっていない層から、独立に石器を掘り出したとき。 この事件で失われたのは石器ではなく出所の信用だったので、同じ石器を見直しても戻らない。★そして石か道具かの判別自体が難所で、栃木県星野遺跡の珪岩製石器は「人工品か否か決着がついていない」と協会が書いている

3万年前、渡ろうとしたのか。それとも流されたのか

動くとしたら——台湾東部か与那国島で、渡る準備をした跡が見つかったとき。 舟を作った場所、出発前に何かを置いた跡、向こう岸のものを持ち帰った跡。「渡れた」と「渡ろうとした」を分けられるのは、この形の証拠だけ

大型動物は、なぜ消えたのか

動くとしたら——人が解体した跡のある骨が、まとまった数で出てきたとき。 1体では偶然と区別がつかない。★いまあるのはゾウの骨で作った道具まで(野尻湖、約4万年前)。骨に残った解体の傷ではない。「骨を使った」と「骨から肉をとった」の間に、まだ1段ある

対馬海峡は、陸続きになったのか

動くとしたら——水深の見積もりの幅が狭まったとき。 どちらの値でも水は残るので「陸橋にはならなかった」に傾く。ただし「ほとんど陸だった」と「海だった」は、渡る側にとって別の話

田名向原の建物は、住まいなのか仕事場なのか

動くとしたら——同じ形の遺構が、もう1例か2例、別の場所で見つかったとき。 1例では、それが例外なのか普通なのかが決まらない。★文化庁は「旧石器時代の人々は遊動生活を送り、ほとんど土地に生活痕跡を残さない」と書いており、1例しかないこと自体は説明がついている

旧石器時代の人は、何を食べていたのか

動くとしたら——食べたものの残りが、まとまって見つかったとき。 解体の傷が並んだ獣の骨、木の実の殻、魚の骨。★その場所がいま海の底にある可能性がある。 海が引いていた時代の平地は、いま水の下

この時代の記事に出てくる言葉

テフラ較正暦年代年縞ハイドロアイソスタシー環状ブロック群細石刃接合資料

縄文

土器が現れ、同じ場所に住み続けることが始まった時代。

時代の流れを順に追う(通史)

  1. 2通史② 縄文時代——海が上がり、人はとどまった18分で読めます

一つの論点を掘る記事

この時代の、決着していない論点

縄文時代は、いつ始まったのか

動くとしたら——時代の区切りを何で引くかが合意されたとき。 これは新しい発見の問題ではなく、区切りの定義の問題である。★土器の出現で引くか、定住・貝塚・植物利用の定着で引くかで、答えが5,000年変わる

縄文海進は、いつ、どれだけだったのか

動くとしたら——各地の海面変化の記録が、同じ基準で並べ直されたとき。 ★研究者本人が「日本列島の統一した古地図は、まだ完成していないと思います」と書いている

縄文時代は、いまより何度暖かかったのか

動くとしたら——復元とモデルの食い違いの原因が特定されたとき。 ★これは日本の問題ではなく世界の問題である。そして研究者本人が「具体的に各地の温度を数値で示してはいません」と書いている

鬼界カルデラの噴火は、縄文の暮らしに何をしたのか

動くとしたら——火山灰の層の上下で、同じ地域の遺跡が連続して調べられたとき。 ★すでに分かっているのは、噴火直後は南九州中部以北にしか遺跡がなく、大隅諸島や半島南端では再定着がさらに遅れたこと。「絶滅」という言葉は査読論文には出てこない

縄文時代に、何人いたのか

動くとしたら——遺跡数ではない原理で数え直されたとき。 住居跡の数から数える方法、炭素年代の分布から数える方法、ゲノムから集団の大きさを推定する方法が出てきている。★産業技術総合研究所は「推定値の有効数字は1桁程度」と書いている——つまり「およそ20〜30万人」までしか言えない

縄文人は、栽培していたのか

動くとしたら——同じ植物で、栽培したものと管理だけしたものを比べる実験がされたとき。 ★研究者自身が「栽培行為を伴わなくても野生個体群の管理・採集によっても大型化が起きる可能性はまだ残されており、実験的研究による検証が必要である」と書いている

土偶は、何のために作られたのか

動くとしたら——問いを時期と地域で絞ったとき。 「土偶とは何か」ではなく「この時期・この地域の土偶は何か」。★そして数え方をそろえたとき。 神奈川県の集計は1992年の155点から2020年の584点へ4倍近くに増えたが、県自身が「顔面把手や人面装飾も含まれるので、土偶の実数はもっと少なくなる」と注記している。新しい発掘を待たずに決まる

九州で土偶が消えた理由

動くとしたら——噴火のあとも人が住み続けた場所が九州で見つかり、そこから土偶が出なかったとき。 人がいたのに作らなかったのなら、消えたのは文化のほう。この2つを分けられるのは、この形の証拠だけ

弥生時代は、いつ始まったのか

動くとしたら——同じ遺跡で測定が重ねられ、土器の型式との対応が動かなくなったとき。 1点の測定値は、それだけでは年代観を決められない

この時代の記事に出てくる言葉

テフラ較正暦年代年縞ハイドロアイソスタシー縄文海進ドメスティケーションレプリカ法貝塚環状列石抜歯屈葬

弥生

田んぼが来た時代。ただし、来なかったところがある。

時代の流れを順に追う(通史)

  1. 3通史③ 弥生時代——田んぼが来た。そして、来なかったところがある17分で読めます

一つの論点を掘る記事

この時代の、決着していない論点

弥生時代は、いつ始まったのか

動くとしたら——同じ遺跡で測定が重ねられ、土器の型式との対応が動かなくなったとき。 1点の測定値は、それだけでは年代観を決められない

弥生の始まりに、人は入れ替わったのか

動くとしたら——弥生の早い時期の西日本の人骨からゲノムがまとまって読めたとき。 そして朝鮮半島南部の同時期の人骨が増えたとき。渡来元が分からないまま、渡来の規模を論じているのが現状

現代日本人の「第三の層」とは何か

動くとしたら——2つの研究が、同じ地域・同じ時期の人骨を、同じ数だけ読んだとき。 いまは片方が古墳時代を見て、もう片方が東北日本を見ている。見ている場所が違うのに、同じ「第三層」の名で呼んでいる

弥生時代に、戦争は始まったのか

動くとしたら——受傷人骨の割合が、地域ごと・時期ごとに細かく出されたとき。 いまの数字は弥生時代の全体を1つにまとめたもので、「いつ、どこで増えたのか」が見えていない。 ★公的機関の温度差も大きい:鳥取県は傷の事実だけを書いて原因を書かず、吉野ヶ里は「防御的性格の強い施設と想定し」、藤井寺市はコラムの表題で断定している

青銅器は、何のためのものだったのか

動くとしたら——使われている最中の状態が見つかったとき。 ★いま見つかっているのは、使い終わって埋められた姿ばかりである

「渡来系弥生人」という集団は、あったのか

動くとしたら——同じ人骨について、骨の形の測定と古代ゲノムが両方読まれ、突き合わされたとき。 ★いまは骨を見る学問とゲノムを見る学問が、別の答えを出している。 なお三重構造モデルへの査読済みの反論は、探したが見つからなかった

弥生の小海退はあったのか

動くとしたら——海面の高さを示す指標が同じ地域で複数の深さと年代のセットとしてそろい、土地そのものの動きと分けて評価されたとき。当の研究者が「何が足りないか」を自分で書いている

金印は本物か

動くとしたら——シンポジウムで示された「これまでに無かった観点」の中身が、査読を経た形で公表されたとき

鉄の農具は、いつどこで普及したのか

動くとしたら——各地の鉄器の出土量と年代が、同じ基準で並べられたとき。 ★「鉄で生産が上がった」を書くには、時期と範囲を限る必要がある

弥生時代は、列島のどこまでの話なのか

動くとしたら——★これは「わかっていない」ではなく「わかっているのに、時代の呼び名がそれを隠している」問題である。 動くとしたら、時代区分の呼び方そのものが見直されたとき

この時代の記事に出てくる言葉

テフラ較正暦年代年縞ハイドロアイソスタシー