決着していない論点 / 飛鳥

聖徳太子の誕生譚は、いつ何が足されたのか

論争中この一覧に載っている問いは、まだ決着していません最終更新 2026-08-02

いま何が争われているか

★★『日本書紀』(720年)は「馬官に至り、厩の戸に當り、労せずたちまち産んだ」と書く。★厩の中とも、戸にぶつかったとも書いていない。 そして12か月の妊娠・赤い光と黄色い光・香気は、10世紀の『聖徳太子伝暦』にある要素で、『日本書紀』には無い。イエス降誕と似ているのは後者のほうであり、比較対象が200年ずれている

何が出てくれば決着するか

『聖徳太子伝暦』の翻刻または機関の解説が読めたとき。★これは新しい発見を待つ問いではない。すでにある本を読めば決まる。 ★また『古事記』『上宮聖徳法王帝説』の該当箇所に到達できれば、「書紀にしかない話」なのかどうかが決まる

この問いを扱った記事

この問いの手前に残っている未確認事項

問いそのものが決着していないこととは別に、編集の側が、まだ元の資料に届いていない箇所です。

どの記事かどういう種類か内容確認できたら何が変わるか
「厩で生まれた」とは、書いていな二次情報から引いている『日本書紀』推古天皇紀の原文を、校訂本で確認していない。引用元は私設のサイトで、底本(岩波日本古典文学大系本)は明示されているこの記事の中心の逐語が、機関の刊行物で裏づけられる
「厩で生まれた」とは、書いていな情報が食い違っている「當」を「行き当たる」と読むか、「ぶつかる」と読むか。この記事は前者を採ったが、他の読みが成り立たないことは示していない名の由来の説明が、どう読めるのかが決まる
「厩で生まれた」とは、書いていな二次情報から引いている『聖徳太子伝暦』の成立年(917年説/992年説)と、光・香気の記述。原文にも、機関の解説にも到達していない「光と香りは10世紀の本から来ている」という、この記事の中心が確かめられる
「厩で生まれた」とは、書いていなこの記事では手が回っていない久米邦武『上宮太子実録』(1905年)の原著。複数の文章が一致して最初の指摘としているが、原著を見ていない「厩戸=イエス」説を誰がいつ言い出したかが決まる
「厩で生まれた」とは、書いていなこの記事では手が回っていない2018年の論考の本文。書誌が実在することまでしか確かめていない影響の向きが逆かもしれないという指摘の中身が分かる
「厩で生まれた」とは、書いていなこの記事では手が回っていない聖徳太子の没年(622年)。信頼できる典拠での逐語確認に到達できなかった景教の伝来年との前後関係を、確かな年で書けるようになる
「厩で生まれた」とは、書いていな情報が食い違っている「厩戸」の由来を書いているのは推古天皇紀であって用明天皇紀ではない。用明天皇紀は別名を列挙するだけである。★これを区別していない解説がある「書紀のどこに書いてあるか」を、正確に案内できるようになる
「厩で生まれた」とは、書いていなこの記事では手が回っていない日本に景教が伝わったことを示す物証。公的機関の記述に到達できなかった。「無い」とは書いていない編纂時に景教由来の話が届いていたかを、物で論じられるようになる

この問いに対応する史料台帳