決着していない論点 / 飛鳥
「厩戸=イエス」説は、誰がいつ言い出したのか
論争中この一覧に載っている問いは、まだ決着していません最終更新 2026-08-02
いま何が争われているか
★複数の文章が一致して、明治期の久米邦武が1905年刊『上宮太子実録』で最初に指摘したとする。★だが原著に到達できなかった。 ★明治期の宣教師など、他の人物の名が挙がることもあるが、具体名を確認できたものは1件も無かった
何が出てくれば決着するか
★原著が読めたとき。 ★そして、そこに何と書いてあるかで、この説の性格そのものが変わる。類似の指摘なのか、伝来の主張なのかで、まったく違う話になる。 ★さらに、2018年の論考が因果の向きが逆かもしれない(イエス=馬小屋という理解のほうが日本では後から定着した)という問いを立てており、その本文が読めれば議論の位置が動く
この問いを扱った記事
この問いの手前に残っている未確認事項
問いそのものが決着していないこととは別に、編集の側が、まだ元の資料に届いていない箇所です。
| どの記事か | どういう種類か | 内容 | 確認できたら何が変わるか |
|---|---|---|---|
| 「厩で生まれた」とは、書いていな | 二次情報から引いている | 『日本書紀』推古天皇紀の原文を、校訂本で確認していない。引用元は私設のサイトで、底本(岩波日本古典文学大系本)は明示されている | ★この記事の中心の逐語が、機関の刊行物で裏づけられる |
| 「厩で生まれた」とは、書いていな | 情報が食い違っている | 「當」を「行き当たる」と読むか、「ぶつかる」と読むか。この記事は前者を採ったが、他の読みが成り立たないことは示していない | 名の由来の説明が、どう読めるのかが決まる |
| 「厩で生まれた」とは、書いていな | 二次情報から引いている | 『聖徳太子伝暦』の成立年(917年説/992年説)と、光・香気の記述。原文にも、機関の解説にも到達していない | ★「光と香りは10世紀の本から来ている」という、この記事の中心が確かめられる |
| 「厩で生まれた」とは、書いていな | この記事では手が回っていない | 久米邦武『上宮太子実録』(1905年)の原著。複数の文章が一致して最初の指摘としているが、原著を見ていない | 「厩戸=イエス」説を誰がいつ言い出したかが決まる |
| 「厩で生まれた」とは、書いていな | この記事では手が回っていない | 2018年の論考の本文。書誌が実在することまでしか確かめていない | ★影響の向きが逆かもしれないという指摘の中身が分かる |
| 「厩で生まれた」とは、書いていな | この記事では手が回っていない | 聖徳太子の没年(622年)。信頼できる典拠での逐語確認に到達できなかった | 景教の伝来年との前後関係を、確かな年で書けるようになる |
| 「厩で生まれた」とは、書いていな | 情報が食い違っている | 「厩戸」の由来を書いているのは推古天皇紀であって用明天皇紀ではない。用明天皇紀は別名を列挙するだけである。★これを区別していない解説がある | 「書紀のどこに書いてあるか」を、正確に案内できるようになる |
| 「厩で生まれた」とは、書いていな | この記事では手が回っていない | 日本に景教が伝わったことを示す物証。公的機関の記述に到達できなかった。「無い」とは書いていない | 編纂時に景教由来の話が届いていたかを、物で論じられるようになる |
この問いに対応する史料台帳
まだありません。この問いは、文字で書かれた史料ではなく、掘り出されたものと測られた値の側にあります。資料室には、いま3件の台帳があります。