決着していない論点 / 弥生
金印は本物か
論争中この一覧に載っている問いは、まだ決着していません最終更新 2026-07-30
いま何が争われているか
天明4年(1784年)に志賀島で発見。総高2.236cm、108.729g、金含有率95.1%。★同じ福岡市のなかで書き方が食い違っている。 文化財部局は「疑う余地がない」、市博物館は「近年、真贋論争が再び盛り上がり、これまでに無かった観点からの考証がなされ、新しい知見が示されています」
何が出てくれば決着するか
シンポジウムで示された「これまでに無かった観点」の中身が、査読を経た形で公表されたとき
この問いを扱った記事
この問いの手前に残っている未確認事項
問いそのものが決着していないこととは別に、編集の側が、まだ元の資料に届いていない箇所です。
| どの記事か | どういう種類か | 内容 | 確認できたら何が変わるか |
|---|---|---|---|
| 通史③ 弥生時代 | 二次情報から引いている | 三重構造モデルを提唱した2021年の論文と、2024年の大規模研究の一部について、出版社のサイトが自動での取得を許可しておらず、本文を読めていない(書誌と主要な数値は、公的機関の発表と学術情報サイト経由で確認した) | 12体という試料数から、どういう手順で三層が導かれたかが分かる |
| 通史③ 弥生時代 | 二次情報から引いている | 「石鏃が大型化して武器になった」という説について、元の研究に到達できていない(自治体のコラムでの紹介まで) | この説をどこまで強く書けるかが決まる |
| 通史③ 弥生時代 | この記事では手が回っていない | 環濠の機能を正面から論じた研究(2011年の論文はPDFを取得できたが、文字が抽出できず内容を確認できていない) | 「防御施設かどうか」の議論の中身を書けるようになる |
| 通史③ 弥生時代 | この記事では手が回っていない | 須玖岡本遺跡の王墓の副葬品の内訳 | 「王墓」という言い方をどこまで強くできるかが決まる |
| 通史③ 弥生時代 | 情報が食い違っている | 平原遺跡の内行花文鏡の数(文化庁「7面分」/糸島市「直径46.5cmのものが5枚」)。両機関がその関係を明示していない | 大型鏡が何枚あったのかが確定する |
この問いをめぐる検討の全文
この問いに対応する史料台帳
- 『後漢書』東夷伝(倭)中国の正史(外国伝)
- 金印「漢委奴国王」出土品(金石文・国宝)
- 中国正史の倭関係記事の訳注書訳注書(史料そのものではない)