資料室 / 出土品(金石文・国宝)
金印「漢委奴国王」
天明4年(1784年)発見 / 2026-07-30
★ここに史料そのものは置いていません。これは「この史料をどこまで信じてよいか」の台帳です。原文も現代語訳も載せず、どこで読めるかを案内します。この台帳自体を、記事や論文の典拠にはしません。
どんな史料か#
★これは文書ではありません。物です。
福岡市博物館が所蔵する金の印章。国宝です定説。
福岡市の文化財情報は、次のように書いています定説。
- 天明4年(1784年)、志賀島(現在の福岡市東区)の叶崎で、
二人持ちほどの石の下から発見された
- 総高2.236cm、鈕高1.312cm、印面の長さ平均2.347cm、質量108.729g
- 印面の寸法は、漢代の官印の「方一寸」に合致する
- 時代の区分は弥生時代
★物であることの意味は、書き換えられないことです。
写本を経て伝わる文書と違い、この印は発見された時のまま残っています。 資料室がいつも問う「原本はあるか」に対して、この項目だけは「あります」と答えられます。
ただし、物には書いた人がいません。 いつ、誰が、どこで作り、 どういう経緯で志賀島の石の下に来たのか——印そのものは何も語りません。
原本はあるか#
★あります。現物が福岡市博物館にあります。
だからこそ、この項目でいちばん重い問いは別のところにあります。
発見から現在までの経緯が、記録の上でどこまでたどれるかです※1。
1784年の発見は、発掘調査ではありません。 農作業中の偶然の発見として伝えられています。 出土した地層も、共に出た物も、記録されていません。
★これが真贋論争の土台にあります。
福岡市の文化財部局は、この印が光武帝から与えられたものであることに 「疑う余地がない」という趣旨を書いています。 一方、福岡市博物館は、**「近年、真贋論争が再び盛り上がり、 これまでに無かった観点からの考証がなされ、新しい知見が示されている」**と書いています。
同じ市の中で、書き方が違います(論点「金印は本物か」)。
★そして、国宝に指定された年についても、記述が食い違っています※2。 福岡市の文化財情報は昭和29年(1954年)と書き、 福岡市博物館は昭和6年(1931年)と書いています。 本台帳は、この2つの年が何の制度の下での指定を指すのかを確認できていません。
後世の手#
1. 文字史料と結びつけたのは、発見後の人間である。
儒学者の亀井南冥が『後漢書』東夷伝の記述—— 「建武中元二年(西暦57年)、東夷倭奴國、奉貢朝賀す」——を根拠に鑑定し、 光武帝が与えた印であると考えました。 福岡市博物館は、 その説が「現在も金印を理解する定説となっている」と書いています定説。
★史料はこの印を知りません。 「印綬を与えた」とは書いてありますが、 「この印である」とは書いてありません。 結びつけたのは1784年以降の解釈です。
2. 印文の読み方は、確定していない。
「漢委奴國王」の5文字をどう区切って読むかには複数の説があります※3。 読み方が変われば、誰に与えられた印かが変わります。
どこで読めるか#
- 現物:福岡市博物館(常設展示の状況は同館の案内をご確認ください)
- 福岡市の文化財情報(https://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/)に法量・発見の経緯の記載があります
- 福岡市博物館(https://museum.city.fukuoka.jp/gold/)に同館としての解説があります
- ★2つの記述は、指定年と真贋の扱いで食い違います。 両方を見てください
本台帳は、金の成分分析や印面の彫り方についての研究に到達できていません※4。
典拠にするときの注意#
★この台帳自体は、記事や論文の典拠にできません。 実際に参照した公表資料と研究を直接あげてください。
- 「57年に光武帝が与えた印である」は、1784年以降の鑑定である。 史料の記述ではない。引用するときは鑑定であることを書く
- 出土状況の記録がない。 「志賀島から出た」は伝えられている経緯であって、 発掘記録ではない
- 同じ自治体の中で書き方が違う。 片方だけを引かない
- 法量と質量は公表値である。 誰がいつ測った値かまでは、本台帳では確認していない
この台帳の未確認事項#
| 番号 | 型 | 内容 | 確認できたら何が変わるか |
|---|---|---|---|
| ※1 | C(欠測) | 1784年の発見から福岡藩・黒田家を経て現在に至る伝来の記録を確認できていない | 「発見以後、この印がどう扱われてきたか」を書けるようになる |
| ※2 | B(齟齬) | 国宝指定年について、福岡市の文化財情報(昭和29年)と福岡市博物館(昭和6年)で記述が食い違う。それぞれがどの制度下の指定を指すのかを確認できていない | 公的機関の記述の差が、制度の違いによるものか誤りかが決まる |
| ※3 | A(孫引き) | 印文の区切り方をめぐる諸説について、原典の研究に到達できていない | 「誰に与えられた印か」の議論を、説ごとに書けるようになる |
| ※4 | C(欠測) | 金の成分分析、彫刻技法の比較研究に到達できていない | 真贋論争の中身を、根拠の水準で書けるようになる |
| — | D(範囲外) | 同時期の漢代官印の制度全体 | 印面の寸法の意味に関わるが、本台帳の範囲を超える |