資料室 / 中国の正史(外国伝)
『後漢書』東夷伝(倭)
南朝宋の時代の編纂(范曄撰) / 2026-07-30
★ここに史料そのものは置いていません。これは「この史料をどこまで信じてよいか」の台帳です。原文も現代語訳も載せず、どこで読めるかを案内します。この台帳自体を、記事や論文の典拠にはしません。
どんな史料か#
後漢(25〜220年)の歴史を記した中国の正史。南朝宋の范曄が撰したものとして伝わります定説。 現在ひろく使われている校訂本には、唐の李賢らの注が付きます定説。
巻85「東夷列傳第七十五」に「倭」の項があります。 国立国会図書館のレファレンス協同データベースには、 中華書局『後漢書』第10冊(1965年)p.2820 という所在が記録されています※1。
★この史料をめぐって、いちばん大事なのは時間の順序です。
この史料が扱うのは1世紀から2世紀の出来事です。 しかし編纂されたのは、南朝宋——5世紀です有力説。
同じ資料室にある『三国志』は、3世紀末に編纂されています。
つまり、より古い時代を書いたほうが、あとから書かれています。 書かれた順と、書かれている時代の順が、逆になっています。
これは「どちらが正しいか」の話ではありません。 後の史書が前の史書を参照して書くことは普通にあり、 同じ出来事について2つの記述があるとき、それが独立した2つの証言とは限らない、という話です※2。
原本はあるか#
★ありません。
范曄が撰した時点の原本は現存しません定説。 いま読まれている本文は、後世の刊本を経て伝わったものです有力説。
★本台帳は、『後漢書』の現存最古の刊本が何かを確認できていません※3。
後世の手#
1. 金印との結びつきは、この史料の中にはない。
福岡市博物館は、天明4年(1784年)に志賀島で見つかった金印について、 儒学者の亀井南冥が『後漢書』東夷伝を根拠に鑑定し、 光武帝が57年に贈ったものと考えた、と説明しています。 そしてその説が「現在も金印を理解する定説となっている」と書いています定説。
福岡市の文化財情報も、東夷伝の「建武中元二年(西暦57年)、東夷倭奴國、奉貢朝賀す」という 記述に基づく鑑定だったと書いています。
★ここで区別が要ります。
- 史料に書いてあること:ある年に、倭の使いが来て、印を与えられた
- 書いていないこと:その印が、志賀島から出てきたあの金印である
結びつけたのは、1784年以降の人間です。 史料はその金印を知りません。 「後漢書に金印のことが書いてある」という言い方は、この順序を消します。
なお金印そのものの真贋は、いまも論争があります(論点「金印は本物か」)。
2. 「倭国大乱」も、この史料が書いていることである。
2世紀後半に倭が乱れたという記述は、この史料にあります※4。 **それが考古学のいう「弥生時代の戦争」と同じものを指しているかは、 この史料からは決まりません。**
★受傷人骨は、史書の年代の目盛りを持っていません。 文字の記録と、掘り出された骨とを重ねるとき、重ねているのは解釈です。
3. これは中国側から見た記録である。
倭の記事は「東夷列傳」に置かれています。中華王朝から見た周縁の記述という枠組みが、 記録者の側にあります有力説。
どこで読めるか#
- 中華書局の校訂本(范曄撰・李賢ほか注)に該当箇所があります。
国立国会図書館のレファレンス事例が、第10冊 p.2820(巻85 東夷列傳第75)と所在を記録しています
- 漢籍の全文データベースが公開されており、該当箇所を検索できます※5
- 日本語の訳注つきの書物が複数あります
(岩波文庫の『魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝』、 講談社学術文庫の『倭国伝』、平凡社東洋文庫の『東アジア民族史』など)。 本台帳はそれらを転載しません
★短い抜粋だけを引く資料に注意してください。 「建武中元二年」の一節は、 教科書や解説でくり返し引かれますが、**その前後にある東夷全体の記述から切り離されると、 記録者が何をしていたのかが見えなくなります。**
典拠にするときの注意#
★この台帳自体は、記事や論文の典拠にできません。 実際に参照した校訂本と研究を直接あげてください。
- 「57年に印綬を与えられた」は、5世紀に編まれた史書がそう書いているという事実である。 出来事とのあいだに、およそ400年ある
- 金印との結びつきは、史料の記述ではなく、18世紀以降の鑑定である。 引用するときは、鑑定であることを必ず書く
- 「倭国大乱」と考古学の戦争の議論を、同じ目盛りの上に並べない。 並べるなら、並べたのが誰かを書く
この台帳の未確認事項#
| 番号 | 型 | 内容 | 確認できたら何が変わるか |
|---|---|---|---|
| ※1 | A(孫引き) | 中華書局本 p.2820 の該当箇所そのものに当たっていない。国立国会図書館のレファレンス事例に記録された所在を経由している | 本文の字句を自分で確かめた上で書けるようになる |
| ※2 | C(欠測) | 『後漢書』の倭の記事が『三国志』を参照して書かれたのかどうか、研究の到達点を確認できていない | 「独立した2つの証言か、1つの系統か」を書き分けられるようになる |
| ※3 | C(欠測) | 『後漢書』の現存最古の刊本が何か、どこが所蔵しているかを確認できていない | 書かれた時といま読める本文の隔たりを具体的に書けるようになる |
| ※4 | A(孫引き) | 倭国の乱に関する記述の原文を、校訂本で直接確認していない | 「何が書かれているか」を字句の水準で書けるようになる |
| ※5 | B(齟齬) | 漢籍の全文データベースの公開範囲と利用条件を個別に確認していない | 読者への案内が正確になる |
| — | D(範囲外) | 范曄の編纂方針、東夷列傳全体の構成、李賢注の性格 | 倭の記事の読み方に影響しうるが、本台帳の範囲を超える |