決着していない論点 / 平安
鳥羽殿は、どれだけの広さだったのか
論争中この一覧に載っている問いは、まだ決着していません最終更新 2026-09-16
いま何が争われているか
★いつまで使われたかは、決着した(2026-09-10)——文化庁「鎌倉時代から衰退に向かい、南北朝内乱の兵火でほとんど焼失」と京都市「14世紀頃まで代々院御所として使用」は、14世紀(南北朝)を終わりとする点で両立する。★広さは3機関3様のまま——文化庁「南北約800メートル、東西約600メートルの池を含む広さ約100ヘクタール」(最盛時)、京都市「敷地は約百八十町(180万平方メートル)」、京都市埋蔵文化財研究所「東西1.2km、南北1.0kmで面積は約120haです」。★測っているもの(最盛時の池を含む範囲/敷地/範囲)が違う。発掘の開始年も、文化庁「昭和33年以来」と京都市・埋文研「昭和35(1960)年から」で合わない
何が出てくれば決着するか
★3つの数字が何を測ったものかを、機関自身がそろえて書いたとき。 新しい発掘を待つ話ではないが、「機関の記述に当たれば決まる」型でもなくなった——3機関に当たって、3通りだった。 ★発掘開始年の2年のずれは、この媒体は判定しない
この問いを扱った記事
この記事が行き着く問い
この問いの手前に残っている未確認事項
問いそのものが決着していないこととは別に、編集の側が、まだ元の資料に届いていない箇所です。
| どの記事か | どういう種類か | 内容 | 確認できたら何が変わるか |
|---|---|---|---|
| 通史⑨ 平安時代 後期 | 二次情報から引いている | 「あたかも都遷の如し」の典拠と、鳥羽の宅地の給付。京都市「といわれています」まで | 鳥羽に人が移った様子を、当時の記録で書けるようになる |
| 通史⑨ 平安時代 後期 | 情報が食い違っている | 鳥羽殿の広さ(100ha/180ha/120ha)の測り方・発掘開始(昭和33/35年)。 文化庁・京都市・京都市埋蔵文化財研究所。使われた時期は合った | 数字を1つで書けるようになる |
| 通史⑨ 平安時代 後期 | この記事では手が回っていない | 中尊寺の4代の遺体の学術調査(1950年) | 「今も安置」の先を書けるようになる |
| 通史⑨ 平安時代 後期 | この記事では手が回っていない | 夜光貝の産地と経路。 中尊寺「シルクロードを渡って」/岩手県は記載なし。産地を書いた機関の記述に当たっていない | 産地と経路を書けるようになる |
| 通史⑨ 平安時代 後期 | この記事では手が回っていない | 『兵範記』(保元)の本文は、活字本の画像を機械で読んだもの。 校閲未了——人の目による校閲を経ていない。「辰剋、東方起煙炎」の行は1つの読み手だけが読んだもので、「不知行方」「今日不分明」の段は2つの読み手で字が一致した。『史料大成』の目録も同じ読み方で、現存する全体の目録は突き合わせていない。11日条の後半(官符)は読んでいない | 人の目で同じ頁を読めば逐語の確かさが上がり、平治元年の欠を現存全体の目録で言えるようになる |
| 通史⑨ 平安時代 後期 | 二次情報から引いている | 平家納経の原本の解説。 到達したのは国土交通省の英文解説と模本の書誌まで。「清盛の手になる文」は英文の「a handwritten message from Kiyomori」の訳 | 33巻の中身と願文を、日本語の機関の記述で書けるようになる |
| 通史⑨ 平安時代 後期 | この記事では手が回っていない | 『山槐記』『玉葉』の治承4年8月(頼朝の挙兵)の本文。書目まで | 挙兵の知らせが京にいつ届いたかを、当時の文で書けるようになる |
| 通史⑨ 平安時代 後期 | この記事では手が回っていない | 『玉葉』(壇ノ浦)の本文は、活字本の画像を機械で読んだもの。 校閲未了——人の目による校閲を経ていない。2つの読み手が読んだ範囲は3月27日条と4月4日条の冒頭からで、「但舊主御事不分明云々」まで含むかは行の単位では確かめられていない。4月4日より後の記事は読んでいない | 人の目で同じ頁を読めば逐語の確かさが上がり、「崩じ」の語が『玉葉』のどこに出るか(出ないか)を書けるようになる |
| 通史⑨ 平安時代 後期 | この記事では手が回っていない | 『平家物語』の現存最古写本。国が指定した3本(室町の写し)まで | 「多くの諸本」のうち、いちばん古いものがいつかを書けるようになる |
| 通史⑨ 平安時代 後期 | この記事では手が回っていない | 『吾妻鏡』『公卿補任』の文は、史料編纂所の刊本の頁を機械で読んだもの。 校閲未了——人の目による校閲を経ていない。別の読み手2つ(機械)と突き合わせ、引いた範囲の字は一致したが、義澄の郎従の数(十人/十八人)は読み手で割れ、『公卿補任』の年齢「四十六」は1つの読み手が要再確認と注記した | 人の目で同じ頁を読めば、逐語の確かさが上がる |
| 通史⑨ 平安時代 後期 | この記事では手が回っていない | 1096年・1099年の地震に対応する津波堆積物 | 「作業仮説」の側に、地面の証拠を添えられるようになる |
| 通史⑨ 平安時代 後期 | この記事では手が回っていない | 11〜12世紀の人口・家・食べもの | 「どう暮らしたか」に近づける |
| 通史⑨ 平安時代 後期 | この記事では手が回っていない | 宋・高麗との往来、博多。 列島の外の史料に0件。物は会津の城から出ている | 東アジアの中の位置を書けるようになる |
| 通史⑨ 平安時代 後期 | この記事では手が回っていない | 『源氏物語』本文の最古写本。 12世紀の絵巻の詞書まで | 「いつの写しで読んでいるか」を本文についても書けるようになる |
この問いに対応する史料台帳
まだありません。この問いは、文字で書かれた史料ではなく、掘り出されたものと測られた値の側にあります。資料室には、いま3件の台帳があります。