決着していない論点 / 飛鳥
「大化改新」は、どこまで645年の出来事なのか
論争中この一覧に載っている問いは、まだ決着していません最終更新 2026-08-02
いま何が争われているか
★★『日本書紀』の「改新の詔」(646年)は地方の区画を「郡」と書くが、7世紀後半の木簡は一貫して「評」と書く。 奈良文化財研究所は「藤原宮から出土した701年前後の年紀をもつ木簡により、大宝令直後まで『評』、施行後『郡』だったことが判明した」と書いている。★つまり詔の文言に、後の時代の用語が入っている。 ただしこれは「出来事が無かった」ことを意味しない
何が出てくれば決着するか
★この一点は決着している。決着していないのは、その先である。 詔の全体のうち、どこまでが7世紀半ばの文言で、どこからが編纂時の書き直しかは分かれていない。★7世紀半ばの年紀をもつ木簡や金石文が増え、当時の行政用語がそろったときに、境目が引けるようになる
この問いを扱った記事
この問いの手前に残っている未確認事項
問いそのものが決着していないこととは別に、編集の側が、まだ元の資料に届いていない箇所です。
| どの記事か | どういう種類か | 内容 | 確認できたら何が変わるか |
|---|---|---|---|
| 通史⑤ 飛鳥時代 | 二次情報から引いている | 中国側の史料(『隋書』『旧唐書』劉仁軌伝・『新唐書』)の原文。公的機関が刊行したものではなく、オンラインの原文叢書から取っている。底本も、校訂による異同も確かめていない | 「史料にそう書いてある」と「その本文がそう伝わっている」を分けて書けるようになる |
| 通史⑤ 飛鳥時代 | この記事では手が回っていない | 十七条憲法と冠位十二階について、公的機関の記述に1件も到達できなかった | 教科書でいちばんよく知られている項目について、何がどこまで言えるかを書けるようになる |
| 通史⑤ 飛鳥時代 | 情報が食い違っている | 『日本書紀』の大野城築城(665年)と、城門の木柱の年輪年代(648〜650年)が15年ずれる。測定した本人が「私自身まだ疑問に思うところもある」と書いており、決着していない | 白村江の敗戦の前から城の材が伐られていたのかどうかが分かる |
| 通史⑤ 飛鳥時代 | この記事では手が回っていない | 6世紀から8世紀の気温・降水量の数値。復元の方法には到達したが、この時代の値には到達できていない | 環境について、この記事が書けなかった節が書けるようになる |
| 通史⑤ 飛鳥時代 | この記事では手が回っていない | 『隋書』が書く倭王(妻・後宮・太子を持つ男の王)と、日本側の年の当てはめ(推古天皇)の食い違い。正面から扱った公的機関のページに到達できていない | この食い違いをどう読むかについて、何が言われているかを書けるようになる |
| 通史⑤ 飛鳥時代 | 二次情報から引いている | 藤原宮跡出土の「評」木簡そのものの読みと画像。解説記事の結論部分までしか読めていない | 「評」から「郡」への切り替わりを、木簡そのもので示せるようになる |
| 通史⑤ 飛鳥時代 | この記事では手が回っていない | 井真成の墓誌がどこで出土したか。紹介している自治体のページに記述がなかった | 「現存する最古」が何の範囲での最古かを、正確に書けるようになる |
この問いに対応する史料台帳
- 日本書紀史書(勅撰)