決着していない論点 / 飛鳥

「大化改新」は、どこまで645年の出来事なのか

論争中この一覧に載っている問いは、まだ決着していません最終更新 2026-09-16

いま何が争われているか

★★『日本書紀』の「改新の詔」(646年)は地方の区画を「郡」と書くが、7世紀後半の木簡は一貫して「評」と書く。 奈良文化財研究所は「藤原宮から出土した701年前後の年紀をもつ木簡により、大宝令直後まで『評』、施行後『郡』だったことが判明した」と書いている。★つまり詔の文言に、後の時代の用語が入っている。 ただしこれは「出来事が無かった」ことを意味しない

何が出てくれば決着するか

★この一点は決着している。決着していないのは、その先である。 詔の全体のうち、どこまでが7世紀半ばの文言で、どこからが編纂時の書き直しかは分かれていない。★7世紀半ばの年紀をもつ木簡や金石文が増え、当時の行政用語がそろったときに、境目が引けるようになる

この問いを扱った記事

この問いの手前に残っている未確認事項

問いそのものが決着していないこととは別に、編集の側が、まだ元の資料に届いていない箇所です。

どの記事かどういう種類か内容確認できたら何が変わるか
通史⑤ 飛鳥時代二次情報から引いている中国側の史料(『隋書』『旧唐書』劉仁軌伝・『新唐書』)の原文。公的機関が刊行したものではなく、オンラインの原文叢書から取っている。底本も、校訂による異同も確かめていない「史料にそう書いてある」と「その本文がそう伝わっている」を分けて書けるようになる
通史⑤ 飛鳥時代この記事では手が回っていない十七条憲法と冠位十二階について、公的機関の記述に1件も到達できなかった教科書でいちばんよく知られている項目について、何がどこまで言えるかを書けるようになる
通史⑤ 飛鳥時代情報が食い違っている『日本書紀』の大野城築城(665年)と、城門の木柱の年輪年代(648〜650年)が15年ずれる。測定した本人が「私自身まだ疑問に思うところもある」と書いており、決着していない白村江の敗戦の前から城の材が伐られていたのかどうかが分かる
通史⑤ 飛鳥時代この記事では手が回っていない6世紀から8世紀の気温・降水量の数値。復元の方法には到達したが、この時代の値には到達できていない環境について、この記事が書けなかった節が書けるようになる
通史⑤ 飛鳥時代この記事では手が回っていない『隋書』が書く倭王(妻・後宮・太子を持つ男の王)と、日本側の年の当てはめ(推古天皇)の食い違い。正面から扱った公的機関のページに到達できていないこの食い違いをどう読むかについて、何が言われているかを書けるようになる
通史⑤ 飛鳥時代二次情報から引いている藤原宮跡出土の「評」木簡そのものの読みと画像。解説記事の結論部分までしか読めていない「評」から「郡」への切り替わりを、木簡そのもので示せるようになる
通史⑤ 飛鳥時代この記事では手が回っていない井真成の墓誌がどこで出土したか。紹介している自治体のページに記述がなかった「現存する最古」が何の範囲での最古かを、正確に書けるようになる
荷札は、書き直されないこの記事では手が回っていない飛鳥池の「刀支評」「加尓評」木簡と、701年ごろの切り替えを確認した藤原宮木簡の釈読画像。★別の「評」の札1枚には追記で到達した(画像つき)が、記事の柱の札そのものは未達のまま★この記事の中心の物証を、現物の写真で示せるようになる
荷札は、書き直されない二次情報から引いている「大宝令の原文は残っていない」という現存状況。大学の研究成果論文の記述に依っており、条文の伝わり方の全体像は機関の記述で確かめていない「注釈書ごしにしか読めない」の射程が正確になる
荷札は、書き直されないこの記事では手が回っていない木簡が書き直された例外(字の練習・転用など)がどれだけあるか「書き直されない」をどこまで強く言ってよいかが決まる

この問いをめぐる検討の全文

この問いに対応する史料台帳