決着していない論点 / 奈良
奈良時代の政変は、書物の外から確かめられるのか
論争中この一覧に載っている問いは、まだ決着していません最終更新 2026-08-05
いま何が争われているか
★★長屋王の変(729年)・藤原広嗣の乱(740年)・藤原仲麻呂の乱(764年)・宇佐八幡宮神託事件(769年)——この4つの経緯を裏づける同時代の物証に、1件も到達できなかった。 ★一方、長屋王がその邸に住んでいたことは木簡が決めており、機関は「発掘調査によって住人を特定できた稀有の事例」と書く。★「誰が住んでいたか」は確かめられ、「誰が誰を追い落としたか」は確かめられていない
何が出てくれば決着するか
★事件そのものに対応する木簡・金石文が出たとき。 ★ただし、この問いは「出るのを待つ」種類ではないかもしれない。 政変は、書いて残す側の出来事であって、捨てられる木の札に書かれる種類の出来事ではない。★そうだとすれば、この空白は永久に埋まらない。埋まらないことを、埋まっていないと書き続けるしかない
この問いを扱った記事
この問いの手前に残っている未確認事項
問いそのものが決着していないこととは別に、編集の側が、まだ元の資料に届いていない箇所です。
| どの記事か | どういう種類か | 内容 | 確認できたら何が変わるか |
|---|---|---|---|
| 通史⑥ 奈良時代 | 情報が食い違っている | 平城京の東西の長さ(4.3km/5.8km)。同じ機関の2記事で違い、後者には外京を含むかの記載が無い | 都の大きさを1つの数字で書けるようになる |
| 通史⑥ 奈良時代 | 情報が食い違っている | 都の人口(20万/5〜10万/3万〜10万)と、列島の人口(451万/500万〜700万)。推計方法に到達していない | 数字の差が何によるのかを書けるようになる |
| 通史⑥ 奈良時代 | 情報が食い違っている | 病の致死率(25〜30%/30〜50%)。根拠となる文献の書誌に到達していない | どちらの推算がどういう前提かを書けるようになる |
| 通史⑥ 奈良時代 | この記事では手が回っていない | この時代の主要な政変の経緯を裏づける同時代の物証。 探したが1件も見つからなかった | 「書かれていること」と「確かめられていること」の境目を、事件ごとに書けるようになる |
| 通史⑥ 奈良時代 | この記事では手が回っていない | 「律」(刑罰の決まり)の現存状況。 令については「大宝令の原文は残らず、注釈書に引用された養老令が残る」ところまで到達したが、律について明記した機関の記述には届いていない。 三世一身法(723年)も2度探して届かなかった | 「律令国家」の「律」について、何が言えるかが決まる |
| 通史⑥ 奈良時代 | 情報が食い違っている | 列島の外で書かれた8世紀の史料。 ★2度目の探索で、下調べは「韓国の国の機関のデータベースで『三国史記』の記事3件に到達した」と報告したが、確かめ直したときに同じページを開けなかった(robots.txt の取得に失敗)。中国側の正史も、確かめ直せず、かつ出所が公的機関の刊行物ではなかった | ★開ければ、日本側の記録と突き合わせられる。 とくに731年の記事は、日本側に対応する記述が無いとされており、事実なら大きい |
| 通史⑥ 奈良時代 | この記事では手が回っていない | 8世紀の気温の値。 降水量の指標については研究に到達したが、気温の復元データは西暦800年より後しかない | この時代が暑かったのか寒かったのかを、値で書けるようになる |
| 通史⑥ 奈良時代 | 二次情報から引いている | 現存最古の戸籍についての記述。到達できたのは市町村の自治体のページまでで、国の機関の記述に届いていない | この戸籍の位置づけを、より確かな形で書けるようになる |
| 通史⑥ 奈良時代 | 二次情報から引いている | 班田収授・租庸調の数値と、正倉院に残る布の墨書。 到達できたのは市町村が刊行した市史までで、国の機関の記述にも、正倉院の側にも届いていない。★また「二束二把」の束の字を、2度の取得で「束」と「東」の両方に読んだ | 制度の数値を、より確かな形で書けるようになる |
| 通史⑥ 奈良時代 | この記事では手が回っていない | 平城宮跡から出土した木の札の、累計の総数。指定された点数しか見つからなかった | 「何点出ているのか」を書けるようになる |
| 通史⑥ 奈良時代 | この記事では手が回っていない | 全国に寺を建てる命令が、実際にどれだけ実行されたか | 「命じられた」から先を書けるようになる |
この問いに対応する史料台帳
- 『続日本紀』史書(勅撰)