資料室 / 史書(勅撰)
『続日本紀』
797年(延暦16年)成立 / 2026-08-05
★ここに史料そのものは置いていません。これは「この史料をどこまで信じてよいか」の台帳です。原文も現代語訳も載せず、どこで読めるかを案内します。この台帳自体を、記事や論文の典拠にはしません。
どんな史料か#
『日本書紀』(S-J001)に続く、朝廷が編んだ正史です。
文化庁の文化遺産オンラインは、こう書いています(逐語)。
「『日本書紀』に続いて延暦16年(797)に成立した官撰の正史。奈良時代を中心する約1世紀の編年記録で、この時代の根本史料である。」
| 項目 | 記載 |
|---|---|
| 成立 | 延暦16年(797年)【定説:機関の記述として】 |
| 巻数 | 40冊【定説:機関の記述として】 |
| 所蔵(蓬左文庫本) | 名古屋市蓬左文庫(金沢文庫旧蔵 駿河御譲本) |
| 時代(同上) | 鎌倉時代および慶長年間/13・14世紀および1596〜1615年 |
★この史料について、最初に押さえていただきたいことが2つあります。
1. ★奈良時代の政変は、ほとんどがこの1冊にしか書かれていません#
長屋王の変(729年)、藤原広嗣の乱(740年)、藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱(764年)、 宇佐八幡宮神託事件(769年)——教科書で奈良時代として教えられる出来事の骨格は、この本にあります。
★そして、これらの経緯を裏づける同時代の物証に、本台帳は到達できていません※1。
★物証があるのは、その周辺です。
| 何が確かめられているか | 何によって |
|---|---|
| 長屋王がその邸に住んでいたこと | 「長屋親王宮」等と記す木簡(奈良文化財研究所) |
| 735〜737年に疫病が流行したこと | 呪符木簡・藤原麻呂邸の遺物(同上) |
| 由義寺の塔が実在したこと | 塔の基壇(八尾市・国史跡) |
| 恭仁京へ大極殿が移築されたこと | 山背国分寺金堂と規模・平面プランが一致(奈良文化財研究所) |
★「誰が住んでいたか」「病が流行ったか」「建物があったか」は、外から確かめられています。 ★「誰が誰を追い落としたか」は、確かめられていません。
2. 『日本書紀』とは、書かれた時期と対象の距離が違います#
『日本書紀』は、推古朝から100年以上あとに、その時代を書いています。 本書は、奈良時代のほぼ同時代から、少しあとにかけて編まれています。
★したがって、「後の朝廷が遠い昔を書いた」という『日本書紀』への注意が、そのままの形では当てはまりません。 ★代わりに、別の注意が要ります——★編んだのは、その政変を勝ち抜いた側の朝廷です(「後世の手」2)。
原本はあるか#
★ありません。そして、この史料は「奈良時代の根本史料」でありながら、いま読める最古の写しは13世紀です。
「本書のうち、巻11〜巻40は、現存最古の写本で、13世紀後半の写しと推定されている。」 ——文化遺産オンライン(文化庁)
同じことを、奈良県立万葉文化館も書いています。
「『続日本紀』の現存最古の写本は、鎌倉時代書写の金沢文庫本(蓬左文庫系統)」
★書かれた時と、いま読めるものの間#
| 成立とされる年 | 現存最古の写本 | 隔たり | |
|---|---|---|---|
| 『続日本紀』(本台帳) | 797年 | 13世紀後半 | およそ450〜500年 |
| 『日本書紀』(S-J001) | 720年 | 平安期とされる(巻により異なる) | 数百年 |
| 『古事記』(S-J015) | 712年とされる | 1371・72年 | 約660年 |
★そして、もう1つ。
上の引用は「巻11〜巻40は」と限定しています。 ★つまり、巻1〜巻10 は、この最古の写本に含まれていません。 ★その10巻がどう伝わったのかを、本台帳は確認できていません※2。
★「原本は現存しない」と明記した機関の記述には、到達できませんでした。 上の2機関は「現存最古の写本」を述べるにとどまり、原本の有無そのものには触れていません。 ★書いていないことを、書いてあることにしません。
後世の手#
1. 写本で伝わる文献に共通する前提
写し間違い、注記の本文への混入、訓の付加は、写本で伝わる文献を扱うときの一般的な前提です定説。 本書について具体的にどこでそれが起きたかは、本台帳では確認できていません※2。
2. ★編んだのは、勝ち残った側です有力説
本書は、記された政変の帰結として成立した朝廷のもとで編まれています。 ★敗れた側の言い分が、どういう形でそこに入っているかは、本台帳では判定しません(資料室規程 第4条)。 ★ただし、この構図があることは伏せません。
3. 3度に分けて編まれたとされること※3
★編纂が複数回に分けて行われたという記述が、国立公文書館の電子展示にあります。 ★しかし、その本文は、本台帳が取得したところ文字化けして読めませんでした(2026-08-05)。 判読できた断片には年号らしき文字列がありましたが、壊れており、逐語として採れる状態ではありませんでした。 ★したがって、その記述は本台帳の典拠にしていません。
どこで読めるか#
この台帳は原文も現代語訳も置きません。 読める場所を指し示します(資料室規程 第1条)。
- 文化遺産オンライン(文化庁)https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/56895 に、
蓬左文庫本(金沢文庫旧蔵 駿河御譲本)の書誌があります【定説:書誌の存在として】。 巻数40冊、寸法30×528.8〜1768.2cm まで記載されています。
- 名古屋市蓬左文庫が現物を所蔵しています【定説:機関の記述として】。
- 奈良県立万葉文化館の刊行物(PDF)に、写本系統についての記述があります。
- 国立公文書館 電子展示「歴史と物語」に本書の項がありますが、
★この環境では文字化けして読めませんでした※3。
- 岡山大学のサイトで公開されている科学研究費の研究成果報告書に、
本書の疾疫・賑給記事が原文で表にまとめられています【定説:記述の事実として】。 http://www.cc.okayama-u.ac.jp/~kimazu/paper/doc/2007desaster_5.pdf
- 四国災害アーカイブス(香川大学 四国危機管理教育・研究・地域連携推進機構)に、
天平6年(734年)の地震の記述が引かれています。
★「続日本紀にこう書いてある」という短い引用が、出所を示さないまま流通しています。 ★訓読文が引かれている場合、それが誰の訓読かは、たいてい書かれていません。
典拠にするときの注意#
★この台帳自体は、記事や論文の典拠にできません。 実際に参照した写本・校訂本と研究を直接あげてください。
- ★★奈良時代の政変を書くときは、主語を本書にしてください。 「◯◯が起きました」ではなく「◯◯と書かれています」。 長屋王の変・広嗣の乱・仲麻呂の乱・宇佐八幡宮神託事件は、外の証拠に到達できていません※1
- ★「797年成立」と書くなら、「いま読める最古の写しは13世紀後半」を同じ場所に添えてください。 450〜500年あります
- ★「巻11〜巻40は」という限定を落とさないでください。 巻1〜10 は別の伝わり方です※2
- ★本書の記述と、木簡・遺構が一致した例を書くときは、「一致した」とだけ書いてください。 由義寺塔跡について、機関は「考えられます」と書いています。断定していません
- ★「この時代の根本史料である」は、文化庁の評価です。 引くなら、機関の言葉として引いてください
- 本書を「奈良時代の同時代史料」と書かないでください。 ★編まれたのは奈良時代の終わりから、その後です。同時代の文字資料は、木簡と正倉院文書です
この台帳の未確認事項#
| 番号 | どういう種類か | 内容 | 確認できたら何が変わるか |
|---|---|---|---|
| ※1 | この記事では手が回っていない | 奈良時代の主要な政変(長屋王の変・藤原広嗣の乱・藤原仲麻呂の乱・宇佐八幡宮神託事件)の経緯を裏づける同時代の物証。 機関のページを探したが、事件そのものに対応する木簡・金石文に1件も到達できなかった。大宰府跡の木簡111点は、機関のページに広嗣の乱への言及が無い | 「書かれていること」と「確かめられていること」の境目を、事件ごとに書けるようになる。 この台帳でいちばん効く未確認事項である |
| ※2 | この記事では手が回っていない | 巻1〜巻10 の伝わり方と、写本による本文の異同。797年から13世紀後半までの伝来を追えていない | 「いま読んでいる本文がどこまで797年の本文か」を具体的に書けるようになる |
| ※3 | この記事では手が回っていない | 国立公文書館 電子展示の本書の項(★この環境では文字化けして読めなかった)。編纂が3度に分けて行われたという記述と、記述の対象期間 | 編纂の経緯を、機関の記載として書けるようになる |
| — | この記事では手が回っていない | 原本の存否を明記した機関の記述。 2機関とも「現存最古の写本」までしか書いていない | 「原本は失われた」と書けるかどうかが決まる |