決着していない論点 / 奈良

平城京の東・西・北の面に、囲いはあったのか

論争中この一覧に載っている問いは、まだ決着していません最終更新 2026-09-16

いま何が争われているか

★南の面には有る。 平城京南方遺跡の調査で羅城の柱列(柱の直径12〜16センチ・2列・間隔150センチ)と内濠・外濠が検出されている。★ところが「囲いは南面のみ」と書く文献側の記述は、書物(『延喜式』の系統)に依っており、東・西・北の面を掘って何も出なかったと確かめた調査には到達できなかった。 ★「掘って出なかった」と「まだ掘っていない」は別のことである

何が出てくれば決着するか

★南以外の面で、同じ形の柱列や濠が掘られたとき。そして——掘って何も出なかったと報告されたときにも動く。 ★後者も答えである。★いまは、答えでも問いでもない状態にある

この問いを扱った記事

この問いの手前に残っている未確認事項

問いそのものが決着していないこととは別に、編集の側が、まだ元の資料に届いていない箇所です。

どの記事かどういう種類か内容確認できたら何が変わるか
幅6メートルの壁と、太さ12セン二次情報から引いている長安の城壁の幅(約6メートル)と周囲(約36キロ)。この記事が読んだのは、発掘の結果を伝えた報道であり、掘った機関が出した報告そのものではないこの記事の中心にある「幅6メートル」と「太さ12センチ」の対比が、報道を1つ経由した数値ではなく、直接の測定値で支えられる
幅6メートルの壁と、太さ12センこの記事では手が回っていない平城京の囲いが「南の面だけ」であることの、地面からの裏づけ。この記事が引いたのは書物の側の記述で、東・西・北の面を掘って何も出なかったと確かめた調査には届いていない「都をぐるりと囲む囲いがない」が、掘って確かめられたことなのか、まだ掘っていないだけなのかが決まる
幅6メートルの壁と、太さ12センこの記事では手が回っていない水城の高さ「約9メートル」が、築かれた当時の高さなのか、いま残っている高さなのか。引用した説明はその区別を書いていない平城京の囲いと並べたときの高さの比較が、当時どうしだったのか、いま残っているものどうしだったのかがはっきりする
幅6メートルの壁と、太さ12センこの記事では手が回っていない平城京の南の端で掘られた柱穴や濠の数値が、どの調査報告に載っているか。この記事は講演の資料から数値を取っており、元の報告書には届いていない数値の出どころが1段近くなり、調査ごとの検出範囲がより細かくわかる
幅6メートルの壁と、太さ12セン情報が食い違っている「囲いは南の面だけ」と書いた文献が、平城京について言っているのか、平安京について言っているのか。同じ文章のなかで両方の都が扱われている南の面だけという説明が、どちらの都について確かめられたことなのかが定まる

この問いに対応する史料台帳

まだありません。この問いは、文字で書かれた史料ではなく、掘り出されたものと測られた値の側にあります。資料室には、いま3件の台帳があります。