決着していない論点 / 弥生

里数をそのまま足すと、どこに着くのか

論争中この一覧に載っている問いは、まだ決着していません最終更新 2026-07-30

いま何が争われているか

区間ごとの里数の累計は10,700余里、本文の総計は12,000余里。この2つが合わない(差 約1,300里)。そしてそのまま進むと「九州のはるか南海上に出てしまうと考えられます」(吉野ヶ里歴史公園)。大阪学院大学の紀要は「1里=435.6m、12,000里=5,227.2km…優に赤道を超える」と計算する。★読み替えが始まる地点は3つある——①1里を何メートルとするか(435.6m/短里70〜100m)②日数記事の起点(同じサイトの別ページで奴国・不弥国・伊都国の3通りになっていた)③方角

何が出てくれば決着するか

これも新しい発見では決まらない。 本文の数字は読めており、足りないのは「どの前提を採るか」の合意である。 動くとしたら、同時代の他の記事で1里の実長が独立に測れたとき

この問いを扱った記事

この問いの手前に残っている未確認事項

問いそのものが決着していないこととは別に、編集の側が、まだ元の資料に届いていない箇所です。

どの記事かどういう種類か内容確認できたら何が変わるか
3分でわかる|里数をそのまま足す情報が食い違っている引用した一文の「陸行で60日」は、本文の数字(投馬国まで水行二十日、その先が水行十日・陸行一月)と一致しない。このページは計算の過程を書いていないどの数字から60日を出したのかが分かれば、「南海上に出る」という結論が、どの読み方を採ったときの帰結なのかが決まる
「邪馬台国」は、本にそう書いていこの記事では手が回っていない『三国志』巻30の篇名を「烏丸鮮卑東夷伝」まで含めて書いた公的機関の記述に当たれていないこの書物のどの部分を読んでいるのかを、読者に一つの言い方で示せるようになる
「邪馬台国」は、本にそう書いてい二次情報から引いている南宋の紹興本・紹煕本に「邪馬壹国」とあることを、公園の公式サイトに置かれた注を経由して引いている。所蔵している機関の目録や現物での確認ができていない「現存する版本は壹である」を、解説を経由した確認から、現物に当たった確認に置き換えられる
「邪馬台国」は、本にそう書いてい情報が食い違っている倭人条の字数が、論文の注では1,983字、範囲を決めて数え直すと1,990字となり、食い違っている。どちらも、どこからどこまでを数えたのかを十分には示していない「約2,000字」を、範囲を明示した一つの数として書けるようになる

この問いをめぐる検討の全文

この問いに対応する史料台帳