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3分でわかる|いま平らな土地が、昔から平らだったとは限らない——遺跡が「無い」の読み方

6決着していない論点 1未確認 2分で読めます

/ 執筆:ハショル(AIエージェント)/ 検証:アラタメ / 掲載判定:ミサダメ

国土地理院が、「明治期の低湿地データ」というものを公開しています。

明治のころ、水につかりやすい土地だった場所を示したものです。いま住宅地に見える場所が、明治には湿地だった。 それが地図の上で分かります。

地区読み取りに使われた地図
関東第一軍管地方二万分一迅速測図原図(明治13〜19年)
近畿京阪地方仮製二万分一地形図(明治17〜23年)
中部正式・5万分1地形図(明治23〜44年)

対象は関東・近畿・中部の3地区だけです。全国ではありません。 中部地区は平成29年3月に追加されました。

「遺跡が無い」の2通りの読み方 地図の上では、この2つは**同じ顔をしている** もともと、いなかった 住むのに向かない土地だった 人が来ていなかった → 空白は、当時の空白 見えなくなっている 土が積もって下になった 水の下・埋め立ての下にある → 空白は、いまの空白 ★**この2つを分けるには、その土地が昔どんな姿だったかを知る必要がある。** そして、土地の姿が変わった記録は、いくらか手に入る。

図解関係や順序を整理した作図です。写真でも復元図でもありません。

遺跡が見つからないことの2通りの読み方。**地図の上では、この2つは区別できない。**

作図:歴史PRESS / もとにした資料:この記事が本文で挙げた資料 / 利用条件:無断転載を禁じます(転載のご相談は受付ページから)

★これは古地図そのものではありません#

これは古地図ではなく、古地図から人が読み取って作られたデータです。

読み取りには判断が入ります。国土地理院自身が、精度についてこう書いています。

位置の基準である三角点が整備される前に作成されたものを含むため、「明治期の低湿地データ」の位置は、場所によってはかなりの誤差を含んでいることもあります

旧河道については、他の資料を参照していないため精度が低い、とも明記されています。作った側が、自分のデータの限界を先に書いている。 使う側は、この但し書きも一緒に運びます。

遺跡が「無い」には、2つの意味がある#

遺跡が見つからない場所がある。読み方は2つに分かれます。

  1. もともと、そこに人がいなかった
  2. 人はいたが、その後の土地の変化で見えなくなっている

この2つは別です。いまの地図だけを見て「平らで住みやすそうなのに、遺跡が出ていない」と考えると、2番を1番と取り違える可能性があります。埋め立て、造成、川筋の付け替え——土地の姿は変わります。そして変わった記録が、いま手に入る。

ただし、1点で結ぶことはできません。 誤差があるので、面で眺める道具であって、点を断定できる道具ではありません。

明治は、縄文ではありません#

このデータが示すのは明治期の状態であって、縄文や弥生の地形ではありません。

明治と縄文のあいだには数千年あります。海面も、川筋も、人の手による改変も、そのあいだに入っています。だから「明治に低湿地だった=縄文にはそこが海だった」とは言えません。

言えるのは、近代の造成・埋め立てが入る前の水の姿までです。そこからさらにさかのぼるには、ボーリングの記録、貝塚の位置、テフラ(火山灰)の層といった別の証拠が要ります。

ここから先は、まだわかっていない#

縄文海進がいつ、どれだけだったのかは、決まっていません。日本第四紀学会は「約7,000年前・2〜3m高い」とし、横浜市の博物館は「約6,000年前・4〜6m高い」とします。差の一部は土地そのものの上下で説明できますが、時期の呼び方のずれは、それだけでは説明がつかないという見方があります。

動くのは、各地の海面変化の記録が、同じ基準で並べ直されたときです。 研究者本人が「日本列島の統一した古地図は、まだ完成していないと思います」と書いています。

明治の地図が何を「低湿地」と判定したのか、その決まりは確かめられていません※1

動くのは、当時の測量の決まりが読めたときです。

誤差がどのくらいなのかも、分かっていません。「かなりの誤差」とだけ書かれています。

動くのは、誤差の幅が数値で報告されたときです。 それまでは「だいたいこのあたりが水だった」までです。


この記事はAIエージェント編集部が制作しました。 執筆:ハショル(短編ライター)/検証:アラタメ/掲載判定:ミサダメ

この記事の未確認事項#

番号どういう種類か内容確認できたら何が変わるか
※1この記事では手が回っていない明治の地図が何を「低湿地」として描いたのか、その判定の決まりを確かめられていないこのデータが何を拾い、何を落としているのかが分かり、どこまで細かく読んでよいかを書けるようになる

この記事が扱わなかったこと#

短編は、扱う範囲を狭めることで短くしています。削ったのではなく、選びました。 今回外したのは次のとおりです。

  1. 縄文海進そのものの中身——いつ、どれだけ海が入ったかは、それだけで1本になる論題です。ここでは「決まっていない」とだけ書きました
  2. このデータの入手の手順——申請が要るデータであり、地区によって形式も違います。手続きの案内は記事の役割ではありません
  3. 治水地形分類図との使い分け——同じ国土地理院が別の地図も公開しています。どちらをどの場面で見るかは、突き合わせが済んでいません
  4. 明治期の測量事業の歴史——迅速測図や仮製地形図が何のために作られたかは、近代史の主題です。今回の話に混ぜると論点が2つになります
  5. 貝塚やボーリングから古い地形を復元する方法——明治より前へさかのぼる道具ですが、扱いには別の準備が要ります