資料室 / 史書(撰進)
『古事記』
712年(和銅5年)成立とされる / 2026-08-03
★ここに史料そのものは置いていません。これは「この史料をどこまで信じてよいか」の台帳です。原文も現代語訳も載せず、どこで読めるかを案内します。この台帳自体を、記事や論文の典拠にはしません。
どんな史料か#
和銅五年(712年)成立とされます【定説:機関の記述として】。 国文学研究資料館「書物で見る日本古典文学史」は「和銅五年(712)成立」「太安万侶 撰」と記し、 「稗田阿礼が伝承していた古代の歴史を、太安万侶が筆録編集したもの」と説明しています(逐語)。
三巻からなり、天地創造から推古天皇までを記します【定説:機関の記述として】(京都大学貴重資料デジタルアーカイブ)。
★この史料について、最初に押さえていただきたいことが3つあります。
1. 『日本書紀』より8年早い。しかし「古い記録」ではありません#
『日本書紀』(S-J001)は720年、本書は712年とされます。差は8年です。
★この8年を、「こちらのほうが古い伝承を伝えている」という意味に読まないでください。 どちらも、推古朝から100年以上あとに、同じ時期の同じ朝廷のもとで編まれた本です定説。 8年の差が何を意味するかは、この史料の外側の議論です。
2. 書き方が『日本書紀』と違います#
京都大学貴重資料デジタルアーカイブは、本書の本文を 「日本語化された特殊な漢文で書かれています」とし、歌謡は 「日本語の音を漢字を使って表記するという方法で記されています」と説明しています(逐語)【定説:機関の記述として】。
★つまり、漢字だけが並んでいて、それをどう訓むかは、字面から自動的には決まりません。 いま私たちが目にする読み下し文は、後世の学問が与えたものを含みます有力説※3。
3. ★撰者の実在は、物証で確かめられています#
1979年(昭和54年)1月、奈良市此瀬町の茶畑で、太安万侶の墓が偶然発見されました定説。 奈良県立橿原考古学研究所附属博物館は、出土した銅製墓誌の銘文をこう記しています(逐語)。
左京四條四坊従四位下勲五等太朝臣安萬侶以癸亥年七月六日卒之 養老七年十二月十五日乙巳
一辺180cm四方の墓壙にコウヤマキ製の木櫃(長さ約65cm・幅約38cm・高さ約38cm)が納められ、 火葬された骨と真珠4顆が収められていました。木櫃の下に、墓誌が下向きに置かれていました。 墓誌と真珠4顆は国の重要文化財です定説。
奈良県の解説は、この発見によって「長年の実在論争に終止符が打たれました」としています(逐語)。
★ただし、ここを取り違えないでください。 確かめられたのは「太安万侶という人が実在し、723年に亡くなった」ことです。 ★その人が編んだとされる本の中身が正しいことは、この墓誌からは一切出てきません。 物証が裏づけたのは撰者の実在であって、記述の内容ではありません(→「典拠にするときの注意」3)。
原本はあるか#
★ありません。そして、この史料の隔たりは、『日本書紀』より大きいのです。
712年の原本は現存しません定説。いま読めるのは、すべて後世の写本です。
現存最古とされるのは、大須観音宝生院(真福寺)が伝える3帖です。 名古屋市博物館の展覧会出品目録は、この本をこう記載しています(逐語)。
| 項目 | 記載 |
|---|---|
| 資料名 | 国宝 古事記 |
| 時代 | 南北朝時代 応安4・5年(1371・72)写 |
| 所蔵 | 大須観音宝生院 |
| 員数 | 3帖 |
同館の展覧会紹介ページは、この本を「現存最古の古事記写本として知られる」としています(逐語)【定説:機関の記述として】。
★書かれた時と、いま読めるものの間#
| 成立とされる年 | 現存最古の写本 | 隔たり | |
|---|---|---|---|
| 『古事記』(本台帳) | 712年 | 1371・72年(南北朝期) | 約660年 |
| 『日本書紀』(S-J001) | 720年 | 平安期とされる(巻により異なる)※1 | 数百年 |
★8年しか違わない2つの本で、いま読める最古の写しは、600年以上ずれています。
この660年のあいだに何が起きたかを、本台帳は追えていません※1。 写し間違い、注記の本文への混入、訓の付加は、写本で伝わる文献を扱うときの一般的な前提です定説。 本書について具体的にどこでそれが起きたかは、確認していません。
★なお、書写者を賢瑜とする記述が一般の事典類にありますが、 本台帳が到達できた機関の目録(名古屋市博物館の出品目録)には、書写者名がありませんでした※2。 文化庁の文化遺産データベースの当該項目は、この環境から取得できませんでした(末尾の表に経路を記します)※2。
後世の手#
1. 写本の系統が分かれているとされます一説※2
一般の事典類は、伝わっている写本を伊勢本系統と卜部本系統の2つに分ける説明を載せています。 ★本台帳は、この分類を機関の刊行物で確認できていません。 確認できたのは、個々の写本の書誌までです。
たとえば京都大学附属図書館 清家文庫本は、江戸時代初期に中原祐範が書写したもので、 室町時代末期の卜部兼永本に基づき、他本も参照して校合されていると説明されています(京都大学貴重資料デジタルアーカイブ)【定説:機関の記述として】。
2. ★序文の扱いをめぐって、議論があるとされます論争中※4
本書の冒頭には、成立の経緯を語る序文が置かれています。 この序文が本文と同時に書かれたものかどうかについて、疑問を呈する議論があるとされます。
★本台帳は、この議論の現在の分布を確認できていません。 一般の百科事典には「序文偽書説」「本文偽書説」という語で説明する記述がありますが、 公的機関・大学の解説ページで、この議論に触れているものを見つけられませんでした※4。
判定は、本台帳ではしません(資料室規程 第4条)。 ★ただし、議論があること自体を伏せません。 見つけられなかったのは、議論の分布です。
3. ★訓みが、後から与えられている部分があります有力説※3
上の「どんな史料か」2 のとおり、本文は漢字だけで書かれています。 どう訓むかは、字面から自動的には決まりません。
江戸期の『古事記伝』(国立公文書館デジタルアーカイブに収録)は、この本の読み方を作った側の仕事です。 ★いま流通している読み下し文が、どこまで写本の字面に基づき、どこから後世の解釈かは、 本台帳では分けられていません※3。
4. ★『続日本紀』に撰上の記事があるかどうかを、確認していません※4
正史に本書の撰上記事が見えるかどうかは、上記2の議論の論拠として言及されることがあります。 本台帳は『続日本紀』の当該箇所に当たっていません。 資料室に『続日本紀』の台帳もまだありません。
どこで読めるか#
この台帳は原文も現代語訳も置きません。 読める場所を指し示します(資料室規程 第1条)。
- 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ(https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/)に、
清家文庫本『古事記』3冊の画像が公開されています【定説:書誌の存在として】。 画像二次利用自由(所蔵表示)のライセンスで、IIIF で閲覧できます。 ★現時点で、本台帳が画像まで到達できた唯一の写本です。
- 国立公文書館デジタルアーカイブ(https://www.digital.archives.go.jp/)に、
『古事記』および『古事記伝』の書誌が公開されています【定説:書誌の存在として】。
- 国立公文書館 電子展示「歴史と物語」に「1.古事記」の項があります。
★この環境からは本文が文字化けして読めませんでした※5。
- 国文学研究資料館「書物で見る日本古典文学史」に『古事記』の項があり、
成立年と撰者が記されています【定説:機関の記述として】。
- 名古屋市博物館の特別展「古事記1300年 大須観音展」出品目録(PDF)に、
国宝本の書誌(応安4・5年写・3帖・大須観音宝生院)が載っています【定説:書誌の存在として】。
- 奈良県立橿原考古学研究所附属博物館に、太安萬侶墓誌と真珠4顆が常設展示されています【定説:機関の記述として】。
★國學院大學が古事記関連の画像データベースを公開しているとの検索結果がありましたが、 この環境から取得できませんでした※5。
★「古事記にこう書いてある」という短い引用が、出所を示さないまま多く流通しています。 訓読文が引かれている場合、それが誰の訓読かは、たいてい書かれていません。
典拠にするときの注意#
★この台帳自体は、記事や論文の典拠にできません。 実際に参照した写本・校訂本と研究を直接あげてください。
- ★「712年成立」と書くなら、「いま読める最古の写しは14世紀」を同じ場所に添える。 660年あります。 これを書かないと、読者は712年の本文を読んでいると受け取ります
- ★「『古事記』に◯◯と書いてある」と書くなら、どの写本・どの校訂本かを書く。 本台帳が画像まで到達できたのは、江戸初期写の清家文庫本だけです
- ★★墓誌の出土を、書かれた内容の裏づけとして書かない。 確かめられたのは太安万侶という人が実在したことです。 その人が編んだ本の記述が正しいことは、墓誌からは出てきません
- ★『日本書紀』より8年早いことを、「より古い伝承」と書かない。 どちらも推古朝から100年以上あとの本です
- 訓読文を、史料そのものとして引かない。 誰の訓読かを書いてください
- 序文をめぐる議論に触れるなら、いま学界でどう見られているかの出所を示す。 ★本台帳は、その分布を確認できていません※4
- ★H-021・PAPER-J016 が「『古事記』に当たれていない」としている件について。 ★本台帳は、当たれる場所を示しただけです。当たったことにはなりません。 厩戸の誕生譚に対応する記述が本書にあるかどうかは、依然として未確認のままです
この台帳の未確認事項#
| 番号 | どういう種類か | 内容 | 確認できたら何が変わるか |
|---|---|---|---|
| ※1 | この記事では手が回っていない | 712年から1371年までの660年間の伝来。どの写本がどこを経てきたか、本文にどんな異同があるかを、本台帳は追えていない。『日本書紀』側の「平安期の写本」も、S-J001 の未確認事項のままである | 「いま読んでいる本文がどこまで712年の本文か」を具体的に書けるようになる。 この台帳でいちばん効く未確認事項である |
| ※2 | 二次情報から引いている | 国宝本の書写者を賢瑜とする記述と、伊勢本系統/卜部本系統という写本の分類。いずれも一般の事典類にあり、本台帳が到達できた機関の目録には書写者名も系統名も無かった。 文化庁の文化遺産データベースの当該項目は、この環境から取得できなかった(許可が下りず 302 の先に進めなかった) | 国宝本の書誌と写本系統を、機関の記載として書けるようになる |
| ※3 | この記事では手が回っていない | 訓読がどこまで写本の字面に基づき、どこから後世の解釈か。本台帳はこれを分けられていない | 「『古事記』にこう書いてある」と引くときに、字面と読み方を分けて書けるようになる |
| ※4 | 情報が食い違っている | 序文をめぐる議論の現在の分布と、『続日本紀』に撰上記事があるかどうか。一般の百科事典には「序文偽書説」の記載があるが、公的機関・大学の解説で言及するものを見つけられなかった。 議論が学界でどう位置づけられているかを、本台帳は確認できていない | 議論に触れる記事を書けるようになる。 いまは「議論があるとされる」までしか書けない |
| ※5 | この記事では手が回っていない | 国立公文書館 電子展示「歴史と物語」の『古事記』の項(この環境では文字化けして読めなかった)と、國學院大學の古事記画像データベース(robots.txt の取得に失敗して到達できなかった) | 読者への案内が増える。とくに後者は写本画像の案内になりうる |