資料室 / 朝鮮の紀伝体史書(官撰)
『三国史記』
12世紀(1145年)成立 / 2026-07-31
★ここに史料そのものは置いていません。これは「この史料をどこまで信じてよいか」の台帳です。原文も現代語訳も載せず、どこで読めるかを案内します。この台帳自体を、記事や論文の典拠にはしません。
どんな史料か#
新羅・高句麗・百済の歴史を記した、朝鮮に現存する最古の史書。 高麗の金富軾らが編纂した官撰書で、1145年に成立しました定説。 全50巻、内訳は新羅本紀(巻1〜12)・高句麗本紀(13〜22)・百済本紀(23〜28)・年表(29〜31)・雑志(32〜40)・列伝(41〜50)です定説※1。
改訂新版 世界大百科事典は「本書が現存最古のものとなった」と書き、 「朝鮮古代の歴史だけでなく,諸文化の研究の基本資料」と位置づけています【定説:記述の事実として】。
★この史料が、日本の4世紀の記事で重要になる理由#
★『晋書』(S-J011)が倭を記さないとされる期間に、この史料には倭の記事があります。定説
石井正敏「5世紀の日韓関係-倭の五王と高句麗・百済-」(日韓歴史共同研究委員会 第1期 第1分科 報告書)の 「4~5世紀日韓関係略年表」には、4世紀の倭の記事が並びます。出典は『三国史記』と『広開土王碑文』です※2。
| 年 | 記事(石井の年表の記載) | 出典(同年表の表記) |
|---|---|---|
| 312年 | 倭国王、新羅に遣使して、王子のために婚を求める | 『史記』新羅本紀=『三国史記』 |
| 344年 | 倭国、新羅に遣使して婚を請う。新羅、断る | 『史記』新羅本紀 |
| 345年 | 倭王、新羅に移書して交を絶つ | 『史記』新羅本紀 |
| 346年 | 倭兵、にわかに新羅の風島に至り、辺戸を抄掠す | 『史記』新羅本紀 |
| 364年 | 倭兵、大挙して新羅に至る | 『史記』新羅本紀 |
| 393年 | 倭人、来たりて金城を囲む | 『史記』新羅本紀 |
| 397年 | 百済王、倭国と好みを結び、太子腆支を以て質と為す | 『史記』百済本紀 |
★4世紀に、倭を記した文字はあります。中国の正史に無いだけです。
いわゆる「謎の四世紀」「空白の四世紀」という呼び名が指す空白は、 公的機関の文面では一貫して「中国の史書の空白」として書かれています(岡山市・藤井寺市・奈良国立博物館)【定説:記述の事実として】。 ★この史料の存在は、その空白が中国側の帳簿の空白であることを、直接示しています。
★ただし、石井自身が、この年表に釘を刺しています#
逐語で引きます。【定説:記述の事実として】
「史料にみえる内容を記事としたもので、全てを史実と理解しているわけでないことは言うまでもないが、記述には史料にみえる表現をできるだけ尊重した。」
★「4世紀の倭の記事がある」と「4世紀の倭のことが分かっている」は、別です。
原本はあるか#
★ありません。そして、この史料でいちばん大きいのは、出来事との隔たりです。
成立は1145年です。 上に並べた4世紀の記事から見て、約800年後の編纂物です。定説
★ここは、この台帳でいちばん声に出して読んでほしい箇所です。
- 『晋書』(S-J011)は7世紀の唐が編み、扱う時代から300年程後(濱田耕策の表現)
- 『日本書紀』(S-J001)は8世紀の編纂
- 『三国史記』は12世紀の高麗が編み、4世紀の記事から見て約800年後
- 広開土王碑(S-J012)は414年建立で、唯一の同時代史料
東京大学(早乙女雅博)は、この関係をこう整理しています【定説:記述の事実として】。
「この時代を記した歴史書は、日本では8世紀につくられた『日本書紀』、朝鮮では12世紀につくられた『三国史記』や13世紀につくられた『三国遺事』があるが、いずれも後代の史料である。」
★「4世紀の倭の記事がある」の「ある」は、12世紀の本にある、という意味です。
金富軾らが編纂した時点の原本は現存しません有力説。 現在読まれている本文は、後世の刊本を経て伝わったものです有力説。 現存最古の刊本が何であるかは、本台帳では確認できていません※3。
後世の手#
1. ★初期の紀年について、論争がある。
新羅本紀をはじめとする初期の記事の年代(紀年)をどこまで採るかについて、論争があります。論争中※4
★本台帳は、この論争の中身に踏み込みません。 踏み込まない理由は、まだ専論に到達できていないからです※4。 到達していないものを要約すると、そこに架空の学説が生まれます(憲章第3条)。
書けるのは、次の3点までです。
- 論争があること。 高寛敏「『三国史記』新羅関係記事の検討」(『東アジア研究』第65号、大阪経済法科大学アジア研究所、2016年)のように、
新羅関係記事の「検討」を主題とする専論が存在します【定説:書誌の存在として】※4
- 石井正敏が、自分の年表に「全てを史実と理解しているわけでない」と明記していること【定説:記述の事実として】
- 山川 日本史小辞典 改訂新版が、中国史書からの借用が多いことを理由に「慎重な史料批判が必要」と書いていること【定説:記述の事実として】※1
★「4世紀の記事がある」を根拠に何かを言うときは、この論争の存在を必ず添えてください。 添えずに引くと、12世紀の本に載った年が、4世紀の実年のように読まれます。
2. 中国史書からの借用がある。
山川 日本史小辞典 改訂新版が指摘するとおりです有力説※1。 **★中国史書から借りた記事を「朝鮮側の独自の記録」として引くと、 中国正史と『三国史記』を突き合わせたつもりが、同じ一つの記録を二度数えることになります。** どの記事が借用にあたるかは、本台帳では確認していません※4。
3. 引用の際の書名表記に、揺れがある。
石井の年表は、『三国史記』を「『史記』新羅本紀」の形で略記しています【定説:記述の事実として】。 ★中国の『史記』(司馬遷)とは別の書です。 略記のまま孫引きすると、取り違えが起きます。
4. 12世紀の高麗の官撰書である。
新羅を継いだ王朝の官撰書として編まれています定説。 編纂の主体が、記述の枠組みを持っています。 ★どの三国を、どの位置に置いて書くか——それは12世紀の側の設計です。
どこで読めるか#
- 国立国会図書館のレファレンス協同データベースに、
「『三国史記』を読みたい。」(回答館:近畿大学中央図書館、2009年登録/2011年更新)という事例があり、 次の版が案内されています【定説:記述の事実として】※5 https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000056678
- 金富軾[奉宣撰]/井上秀雄訳注『三国史記』1〜4、平凡社、1980.2〜1988.10(4冊)
- 金富軾著/林英樹訳『三国史記』上・中・下、三一書房、1974.12〜1975.4 (上=新羅本紀/中=高句麗本紀・百済本紀・年表/下=雑志・列伝)
- 国立国会図書館サーチ(https://ndlsearch.ndl.go.jp/)で書誌を引くことができます※5
- 韓国の機関による原文データベース・影印が公開されています※5
★本台帳は、これらの訳注を転載しません。 訳文と注釈には、それを作った人の権利があります(訳注書一般については S-J010 を参照してください)。
★訳注書を読むときは、訳者の注を本文と混ぜないでください。 注は、20世紀の研究者が書いたものです。
典拠にするときの注意#
★この台帳自体は、記事や論文の典拠にできません。 実際に参照した校訂本・訳注書と研究を直接あげてください。
- ★引くたびに「12世紀の本である」と書く。 4世紀の記事から見て約800年後の編纂物である。この一行を落とすと、記事が同時代記録に見える
- ★初期の紀年に論争があることを必ず添える。 本台帳はその中身に踏み込んでいない。踏み込むなら専論に当たってから書く※4
- 「4世紀の倭の記事がある」を「4世紀の倭のことが分かっている」に変換しない。 石井正敏自身が、自分の年表に「全てを史実と理解しているわけでない」と書いている
- 中国正史と並べるときは、借用の可能性を添える。 同じ一つの記録を二度数えることになりかねない
- 書名を「『史記』」と略記しない。 中国の『史記』と混同される
- 広開土王碑(S-J012)と並べるときは、成立の年代差を書く。 碑は414年建立、本書は1145年成立。同じ表に置くと、両方が同格の史料に見える
この台帳の未確認事項#
| 番号 | どういう種類か | 内容 | 確認できたら何が変わるか |
|---|---|---|---|
| ※1 | 二次情報から引いている | 成立年・巻数・構成・「慎重な史料批判が必要」は、事典(改訂新版 世界大百科事典/山川 日本史小辞典 改訂新版/精選版 日本国語大辞典/ブリタニカ国際大百科事典)の記述による。校訂本の凡例や解題に当たっていない | 「この本は何であるか」を、原典の解題から書けるようになる |
| ※2 | 二次情報から引いている | 4世紀の倭関係記事は、石井正敏の年表を経由している。『三国史記』の該当条そのものに当たっていない | 記事で年と条名を書けるようになる。 この台帳でいちばん効く未確認事項である |
| ※3 | この記事では手が回っていない | 『三国史記』の現存最古の刊本と、版本による本文の異同を確認していない | 「いま読んでいる本文がどこまで確からしいか」を具体的に書けるようになる |
| ※4 | この記事では手が回っていない | 初期記事の紀年をめぐる論争の内容・論者・現在の学説状況に到達していない。中国史書からの借用がどの記事にあたるかも未確認 | 「論争がある」から先を書けるようになる。 現状、本台帳はこの論点に踏み込む資格がない |
| ※5 | 情報が食い違っている | 各アーカイブ・データベースの公開範囲と利用条件を個別に確認していない。レファレンス事例の最終更新は2011年で、以後の刊行を反映していない可能性がある | 読者への案内が正確になる |
| — | この記事では手が回っていない | 『三国遺事』(13世紀)との異同。石井の年表では390年の記事が『三国遺事』から採られている | 4世紀の倭関係記事の全体像に関わるが、本台帳の範囲を超える |