決着していない論点 / 奈良

長屋王の変は、誰が仕組んだのか

論争中この一覧に載っている問いは、まだ決着していません最終更新 2026-09-30

いま何が争われているか

事典の多くは、729年の長屋王の変を藤原氏と結びつけて説明する。『世界大百科事典』は「藤原氏によって長屋王を打倒するためにしくまれた政治的陰謀事件」と書き、光明子を皇后に立てるために障害となる長屋王を藤原氏が除いたと「考えられる」と書く事典もある。★事件の経緯を伝える『続日本紀』自身が、変から9年後の738年の記事で、密告した中臣宮処東人を「長屋王のことを誣ひ告げたるの人なり」——偽って訴えた人——と書いている、と『国史大辞典』は紹介する。 ただ、偽りの訴えだったことと、それを誰が仕組んだかは、別の問いである。長屋王の邸から出た木の札の年は711年から716年までに収まり、変の13年以上前で止まっている

何が出てくれば決着するか

★変の前後の年を書いた同じ時代の文字——木の札でも、文書でも——が、長屋王の側か、藤原氏の側から出てきたとき

この問いを扱った記事

この問いに対応する史料台帳

まだありません。この問いは、文字で書かれた史料ではなく、掘り出されたものと測られた値の側にあります。資料室には、いま3件の台帳があります。