資料室 / 中国の正史(地理志)

『漢書』地理志(倭人の記事)

後漢初期の編纂(班固撰) / 2026-07-30

ここに史料そのものは置いていません。これは「この史料をどこまで信じてよいか」の台帳です。原文も現代語訳も載せず、どこで読めるかを案内します。この台帳自体を、記事や論文の典拠にはしません。

どんな史料か#

前漢の歴史を記した中国の正史。班固が撰したものとして伝わります定説。 現在ひろく使われている校訂本は、唐の顔師古の注が付いたものです定説

その「地理志」のなかに、倭人について書かれた一節があります。

★この史料の特徴は、短さです。

倭人について書かれているのは、わずか1文です。 楽浪郡の海の向こうに倭人がおり、**百余りの国に分かれていて、 定期的に使いが来る**——という趣旨のことが書かれているだけです定説

国立国会図書館のレファレンス協同データベースには、 この箇所の原文と、中華書局『漢書』第6冊(1962年)p.1658 という所在が記録されています※1

**この1文が、日本列島の人びとについて書かれた、 現在確認できるいちばん古い文字記録のひとつとされます**有力説

★「百余国」を数えたのは誰か。 この史料には書かれていません。 **倭人が自己申告したのか、楽浪郡が把握していたのか、伝聞なのか—— 1文の記事からは決められません。**

原本はあるか#

★ありません。

班固が撰した時点の原本は現存しません定説。 いま読まれている本文は、後世の刊本を経て伝わったものです有力説

★そして本台帳は、『漢書』の現存最古の刊本が何かを確認できていません※2

同じ資料室にある『三国志』の台帳では、現存最古の刊本が南宋(12世紀)のものであることを 所蔵機関まで確認できました。『漢書』については、そこまで届いていません。

**書かれた時(後漢初期)と、いま読める本文との間に、 どれだけの隔たりがあるのか。それが分かっていません。**

後世の手#

1. 注が本文に見えることがある。

現在の校訂本には、唐の顔師古の注が付きます定説注は本文ではありません。 さらに、顔師古が引く形で、 それ以前の注釈者の説が入っていることがあります※3

★短い記事ほど、注の比重が大きくなります。 本文1文に対して注が数行付けば、 読者が受け取る情報の大半は注のほうです。**どこまでが1世紀の記録で、 どこからが後世の読み方かを分けて読む必要があります。**

2. 「倭」という字を、どう読むか。

この史料は「倭人」と書いています。**それが列島のどこの、どの範囲の人びとを指すのかは、 この史料には書かれていません。**

どこで読めるか#

  • 中華書局の校訂本(班固撰・顔師古注)に該当箇所があります。

国立国会図書館のレファレンス事例が、第6冊 p.1658 と所在を記録しています

  • 漢籍の全文データベースが公開されており、該当箇所を検索できます※4
  • 日本語の訳注つきで倭人の箇所を収めた書物が複数あります

(岩波文庫の『魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝』、 平凡社東洋文庫の『東アジア民族史』、筑摩書房の『漢書』など)。 本台帳はそれらを転載しません。訳文と注釈には、それを作った人の権利があります

★「漢書に百余国と書いてある」とだけ引かれている資料に注意してください。 この記事は地理志の燕地の記述のなかにあります。 楽浪郡について書いた文脈から 切り離すと、誰がどこから見た情報なのかが見えなくなります。

典拠にするときの注意#

★この台帳自体は、記事や論文の典拠にできません。 実際に参照した校訂本と研究を直接あげてください。

  1. 「百余国あった」は、この史料がそう書いているという事実である。 実際にいくつあったかは別の問題であり、数え方も数えた主体も書かれていない
  2. 「倭人」の範囲は、この史料からは決まらない。 列島のどこまでを指すかは、この史料の外の議論である
  3. 1文の記事に、1文以上の重さを持たせない。 短い記事は、解釈を載せる余地が大きい

この台帳の未確認事項#

番号内容確認できたら何が変わるか
※1A(孫引き)中華書局本 p.1658 の該当箇所そのものに当たっていない。国立国会図書館のレファレンス事例に記録された所在と原文を経由している本文の字句を自分で確かめた上で書けるようになる
※2C(欠測)『漢書』の現存最古の刊本が何か、どこが所蔵しているかを確認できていない「書かれた時といま読める本文の隔たり」を、『三国志』の台帳と同じ精度で書けるようになる
※3A(孫引き)顔師古注の内容と、そこに引かれる先行注釈の範囲を確認していない本文と注の切り分けを具体的に書けるようになる
※4B(齟齬)漢籍の全文データベースの公開範囲と利用条件を個別に確認していない読者への案内が正確になる
D(範囲外)『漢書』全体の史料的性格、班固の編纂方針、地理志の構成倭人記事の読み方に影響しうるが、本台帳の範囲を超える