決着していない論点 / 平安

『将門記』は、いつ、誰が書いたのか

論争中この一覧に載っている問いは、まだ決着していません最終更新 2026-09-30

いま何が争われているか

将門の乱のいきさつは、ほぼこの1冊に頼っている(事典は「最も重要な史料」とする)。本の終わりに「天慶三年六月中記文」——940年6月に記した——という書き込みがあり、これを書かれた時と読めば、乱が鎮まってわずか4か月後の本になる。★事典の書き方には、はっきりした幅がある。 乱のあとまもなく成立した、と書く辞書があり、「まもなく成立か」と「か」を付ける辞書がある。書き込みを一種の作り事とみて成立を引き下げる見方もあり「確定していない」と書く事典、乱の数年ないし10年後とする説もあると書く事典がある。そして「近年では事件のかなりのち、11世紀初期に、史料をもとに創作をも加えてまとめられた文学作品とみる説が強くなっている」と書く事典がある。★もし11世紀の初めの作なら、将門の乱の筋をほぼ1冊で伝える本が、乱から半世紀以上のちに、創作も交えてまとめられた本だということになる。 作者も、東国に住む僧とする説と、都の文人か僧とする見方がある。★文化庁の国指定文化財等データベースは「作者」の欄が空いている

何が出てくれば決着するか

★1099年の写しよりやや古いとされるもう1つの写し(事典の言う楊守敬旧蔵本)の年代がさらに詰められたとき、あるいは、1099年より前にこの本を読んだと書く記録が見つかったとき。 少なくとも「いつまでには書かれていたか」の線が動く。★すでに刷られた解説(国書データベースが「日本古典文学大辞典に解説あり」と注記するもの)を開けば、何が言われているかは分かる——そちらは発見を待たずに動く

この問いを扱った記事

この問いの手前に残っている未確認事項

問いそのものが決着していないこととは別に、編集の側が、まだ元の資料に届いていない箇所です。

どの記事かどういう種類か内容確認できたら何が変わるか
まず、これだけ|『将門記』とは何この記事では手が回っていない成立の年・作者・本の性格。 文化庁の国指定文化財等データベース(「作者」欄は空欄・解説文は「平安時代の作品。」のみ)、国書データベース(著者欄は空欄)、寺の公式ページには書かれていない。国書データベースが注記する辞典の解説や、活字本の解説(いずれも紙)には当たっていないいつ・誰が書いた本かを書けるようになり、1099年の写しと「書かれた時」のあいだの距離を数えられるようになる
まず、これだけ|『将門記』とは何この記事では手が回っていない「弁中辺論」の紙の裏の本と、1099年の1巻の、どちらが古いか。 文化庁の記載では紙の裏の本の年代の欄が空いており、2つの先後を書いた機関の記述にたどりついていない「いちばん古い写し」と書けるかどうかが決まる

この問いに対応する史料台帳