資料室 / 地図データ(旧地形の復元)

明治期の低湿地データ(国土地理院)

明治13年〜44年の地図をもとに作成 / 2026-07-30

ここに史料そのものは置いていません。これは「この史料をどこまで信じてよいか」の台帳です。原文も現代語訳も載せず、どこで読めるかを案内します。この台帳自体を、記事や論文の典拠にはしません。

どんな史料か#

★これは古地図そのものではありません。古地図から読み取って作られたデータです。

国土地理院が公開している、明治期に低湿地だった場所を示すデータです定説

もとになった地図は、地区ごとに違います定説

地区もとにした地図
関東第一軍管地方二万分一迅速測図原図(明治13〜19年)
近畿京阪地方仮製二万分一地形図(明治17〜23年)
中部正式・5万分1地形図(明治23〜44年)

対象は関東・近畿・中部の3地区で、中部地区は平成29年3月に追加公開されました定説

★なぜ歴史の資料室がこれを置くか。

いま平らに見える土地が、昔から平らだったとは限りません。

このデータが示すのは明治期の状態であって、縄文や弥生の地形ではありません。 それでも、近代の造成・埋め立てが入る前の水の姿が分かります。 遺跡がどこにあるか/無いかを考えるとき、いまの地図だけを見ていると間違えます。

原本はあるか#

★原本にあたるのは、明治期の地図のほうです。

このデータは、その地図から人が読み取って作った成果物です。 読み取りには判断が入ります。

そして国土地理院自身が、精度についてはっきり書いています定説

**位置の基準である三角点が整備される前に作成されたものを含むため、 「明治期の低湿地データ」の位置は、場所によってはかなりの誤差を含んでいることもあります**

さらに、旧河道のデータは他の資料を参照していないため精度が低いと明記されています。

★作った側が、自分のデータの限界を先に書いています。 使う側は、この但し書きを一緒に運ばなければなりません。

後世の手#

1. 明治の地図は、明治の目的で作られている。

もとになった迅速測図・仮製地形図は、近代国家が測量した地図です。 何を「低湿地」として描くかの基準は、その時代の測量の目的と方法に依存します※1

2. 明治と、縄文・弥生の間には数千年ある。

このデータを古代の地形の証拠として使うことはできません。 海面も、川筋も、人の手による改変も、そのあいだに入っています。

★使えるのは「近代の改変が入る前の状態」までです。 そこから先へさかのぼるには、**ボーリングの記録、貝塚の位置、 テフラ(火山灰)の層**といった別の証拠が要ります。

どこで読めるか#

  • 国土地理院「明治期の低湿地データ」(https://www.gsi.go.jp/bousaichiri/lc_meiji.html)に

作成の経緯と注意が書かれています

  • データそのものは「国土地理院技術資料の提供申請」の手続きを通じて入手します。

形式は地区により異なり、関東・近畿はGMLまたはシェープファイル、中部はシェープファイルです

  • 同院は治水地形分類図も公開しています(https://www.gsi.go.jp/bousaichiri/fc_index.html)※2

★申請が要るデータです。 「地図で見られる」と書いてある解説を経由して引用しないでください。

典拠にするときの注意#

★この台帳自体は、記事や論文の典拠にできません。 実際に参照したデータと解説を直接あげてください。

  1. これは明治期の状態である。 古代の地形の証拠にしない
  2. 位置に誤差がある。 作成者自身がそう書いている。旧河道はとくに精度が低い
  3. 点で語らない。 「この遺跡はここが低湿地だったから」と1点で結ぶには、精度が足りない
  4. もとの地図と、そこから作られたデータを区別する

この台帳の未確認事項#

番号内容確認できたら何が変わるか
※1C(欠測)迅速測図・仮製地形図における「低湿地」の判定基準を確認できていないこのデータが何を拾い、何を落としているかを書けるようになる
※2B(齟齬)治水地形分類図の整備範囲と、低湿地データとの関係を確認していないどちらをどの場面で見るべきかを案内できるようになる
C(欠測)誤差の大きさが数値でどの程度かを確認できていない「かなりの誤差」がどのくらいかを具体的に書けるようになる
D(範囲外)明治期の測量事業そのものの歴史データの性格に関わるが、本台帳の範囲を超える