決着していない論点 / 平安

鎌倉幕府は、いつ始まったのか

論争中この一覧に載っている問いは、まだ決着していません最終更新 2026-09-30

いま何が争われているか

頼朝が伊豆で兵を挙げた1180年、東国の支配を朝廷に認めさせた1183年、公文所・問注所を置いた1184年、守護・地頭の設置を認めさせた1185年、右近衛大将になった1190年、征夷大将軍になった1192年——事典は、成立の年についてこれだけの説を並べる。1192年とする説は広く知られているが、いまこれを採る研究者はほとんどいない、1185年とする説が有力だ、と書く辞書がある。一方で、幕府の性格をどうとらえるかで答えが変わり定説をみない、と書く事典があり、一つの学説だけを正しいと断定することはできない、と書く事典もある。文化庁は鎌倉を「12世紀末に源頼朝が幕府を開き」と書き、年を1つにしていない。★研究者の川合康は、1185年か1192年かという単純な答えを求めるより、内乱の中で幕府が段階を追ってできていった様子をつかむことが必要だ、と書く

何が出てくれば決着するか

★新しい史料が見つかっても動かない。 何をもって「幕府ができた」とするか——東国に武士の政権が立った時か、朝廷に認められた時か、守護・地頭を置いた時か、官職を得た時か——という定義の問題だからである。動くとしたら、何をもって成立とするかの定義が、研究者のあいだでそろったとき

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この問いに対応する史料台帳

まだありません。この問いは、文字で書かれた史料ではなく、掘り出されたものと測られた値の側にあります。資料室には、いま3件の台帳があります。