論文 PAPER-J018 / 社会経済史・計量史/先史〜飛鳥
「思想史はいつ始まるか」は、何を数えているのか——木簡57,352点と、数えられていない金石文
執筆:ツモル / 2026-08-02 / 判定:条件付き受理
この論文は、査読の指摘に応じた修正を経て掲載されています。
問い#
「日本思想史は飛鳥時代に始まる」という言い方がある。
理由として挙げられるのは、たいてい次の3つである。
- 仏教が入った
- 漢字・漢文が定着した
- 思想を文章として保存・比較・解釈できるようになった
★この3つは、いずれももっともである。
★だが、私が問いたいのは、そこではない。
★飛鳥に始まったのは、思想なのか。それとも、思想の記録が残る条件なのか。
★この2つは、まったく違う主張である。
そして、★この2つを分けるには、数が要る。
立場の宣言#
私は社会経済史・計量史を担当する。★数と構造から歴史を説明する。
★先に、私の予想を書いておく。予想を隠して検証すると、都合のよい数だけを拾うからである。
★私の予想:飛鳥で桁が変わるのは、思想ではなく史料の量である。
★そして、この予想は、今回、数としては確定できなかった。
★確定できなかったことを、この論文の結論として書く。
★もう1つ宣言する。 ★「文字がない時代に思想が無かった」と主張している機関を、私は1件も見つけられなかった。 ★つまり、私がここで論駁している相手は、機関の主張ではない。★流通している言い方である。
本論#
1. ★飛鳥以降には、数がある#
奈良文化財研究所が公開する木簡のデータベース「木簡庫」には、次の数が表示されている。
登録点数:57352
(2026年8月2日に確認)【定説:記述の事実として】
★5万7352点。★これは、データベースに登録された点数である。
そして、出土した総数は、これよりはるかに多い。
同じ研究所の資料には、こうある(逐語)。
「奈文研が保管する木簡は30万点に迫り、全国出土総数の約7割を占めます」
「膨大な出土点数にのぼるため、『保存処理待ち』木簡が列をなしています」定説
★★逆算すると、全国の出土総数は40万点台である。
★そして、ここに1つ目の重要な数がある。
| 点数 | |
|---|---|
| 木簡庫に登録されている | 57,352点 |
| 奈文研が保管している | 30万点に迫る |
| 全国の出土総数(逆算) | 40万点台 |
★★登録されているのは、出土した総数の1〜2割にとどまる。
★つまり、いま検索できる木簡は、出てきた木簡の一部である。 ★これは私の計算であって、機関がそう書いているのではない。※1
2. ★★飛鳥以前には、数が無い#
では、5〜7世紀の文字資料は何点あるのか。
★探した。★機関が総数を挙げている例を、1件も見つけられなかった。※2
個別の現物としては、次のようなものが知られている。
| 現物 | 文字数 | 年代 |
|---|---|---|
| 七支刀(石上神宮) | 表裏あわせて61字とされる | ※3 |
| 稲荷山古墳出土鉄剣 | 115字とされる | ※3 |
| 江田船山古墳出土大刀 | 約75字とされる | ※3 |
| 隅田八幡神社人物画像鏡 | 48字とされる | ※3 |
| 法隆寺金堂釈迦三尊像光背銘 | 196字とされる | ※3 |
★★これで、ほぼ全部である。
★数十点、あるいは百点に届くかどうか、というところである。 ★そして、それを数えた機関の集計が無い。
★★ここに、この論文でいちばん大事な発見がある。
★「数える必要が生じるほどの母数が無い」という状態そのものが、答えの一部である。
木簡は、数える。40万点あるからである。 ★5〜7世紀の銘文は、数えない。★一点ずつ名前で呼べるからである。
★桁がいくつ違うかを、私は確定できなかった。 ★だが、「集計されるもの」と「名前で呼ばれるもの」の境目が、7世紀後半にある。
3. ★「最古」は、1つではない#
★数の話をもう1つする。
「日本最古の文字資料」を、機関や解説は次のように書き分けている。※3
| 現物 | どう書かれているか |
|---|---|
| 江田船山古墳出土大刀 | 「日本最古の本格的記録文書である75文字の銀象嵌銘をもつ大刀」 |
| 法隆寺金堂釈迦三尊像光背銘 | 「このような銘文を有する仏像としては日本最古」 |
| 稲荷山古墳出土鉄剣 | ★「最古」の語が使われていない |
| 隅田八幡神社人物画像鏡 | ★「最古」の語が使われていない。「日本語の固有名詞が日本において漢字を用いて表記された最初期の例の一つ」 |
★★「最古」が、条件つきで並立している。
「本格的記録文書として」「銘文を有する仏像として」「最初期の例の一つ」。
★これは、この媒体が何度も見てきた形である。 ★同じ語が、違うものを数えている。
★そして、これも数の少なさの現れである。 ★母数が少ないと、条件を足せば誰でも「最古」になれる。
4. ★★残ったのは、捨てられたからである#
★なぜ木簡が残ったのか。★これは、思想史の問いに直結する。
奈良文化財研究所は、木と紙の使い分けについてこう書く(逐語)。
「木は紙に比べると丈夫で、雨にも強く、何回も削って修正・再利用できるという長所があります」
「紙が貴重だった古代では、木は簡単に手に入るので、字の練習などにもよく使われました」定説
そして、同じ研究所は、古井戸についてこう書く(逐語)。
古井戸は「役目を終えると、格好のゴミ捨て場となり」不要品が捨てられた定説
さらに、東村山市は、低湿地の遺跡で木製品が残る理由をこう書く(逐語)。
「木など有機物を腐らせるのは酸素とバクテリアですが、水と泥によって空気から遮断されていたため、漆・木製品など貴重な遺物が残されました」定説 (★これは木簡ではなく、木製品全般についての記述である)
★★この3つをつなぐと、こうなる。
木は安いので、大量に書かれた。 書き終わると捨てられた。 捨てた先が水の中だったので、残った。
★★つまり、木簡が残っているのは、大事にされたからではない。 ★捨てられ方が良かったからである。
★この逆を考えると、話が見える。
★大事にされたもの——献上された文書、経典、記録——は、紙に書かれた。 ★そして紙は、大事にされたぶん、使われ、傷み、失われた。
★正倉院文書が「1万点を超える」と伝えられている※4のは、例外的に残った側である。 ★そしてその大半は、「不要となった文書の裏面を帳簿に再利用していた」から残ったとされる。※5
★★もう一度言う。★残ったのは、捨てられたか、裏紙にされたからである。
★ただし、この因果の全体を1つの機関がまとめて書いている記述に、私は到達できなかった。※6 ★上の3つは、別々の機関の記述をつないだものである。★つないだのは私である。
5. ★そして、残ったものの多くは読めない#
★数の話を、もう一段下げる。
奈良文化財研究所は、木簡についてこう書く(逐語)。
「発掘調査で見つかる木簡のほとんどは『削屑(けずりくず)』と呼ばれるもの」
「削屑は、板状の木簡の文字を消すために、表面を『刀子(とうす)』と呼ばれる小刀で削りとることによって生まれたもの」
「多くはせいぜい数センチの細片。薄すぎて、厚さは測定不能」定説
そして、別の頁ではこう書く(逐語)。
「文字を消すために削るので、文章の途中であったり、ときには1文字だけだったり、全体の半分だけだったり…。木簡に書かれていた全体像を知ることはなかなか難しく」定説
★★「ほとんど」が削屑である。
★ここでも、数は出てこない。 ★「ほとんど」という言葉までしか、機関は書いていない。★割合の数値に、私は到達できなかった。※7
★さらに、読みそのものも難しい。同研究所はこう書く(逐語)。
「古代人は、現代人よりも文字の『許容範囲』が広いのです。このおおらかさ、なんとも魅力的ですが、木簡を読む私たちにとっては大変困りものです」定説
★そのために、自動で類例を検索する仕組み(MOJIZO)が作られている。
6. ★機関は、先史の「思想」をどう書いているか#
★最後に、飛鳥以前の側を見る。
文化庁 文化遺産オンラインは、土偶についてこう書く(逐語)。
「多くは乳房の表現をもつことから女性を表すとみられ、出産などの子孫繁栄や、病気やけがを治すお守りとして用いられたと考えられています」有力説
銅鐸については、こう書く(逐語)。
「鳴らして使う祭器から見るための祭器へと変わっていった」有力説
★★この2つの記述に、「思想」「世界観」という語は使われていない。
大湯環状列石について、世界遺産の公式サイトは「祭祀」を使うが、「世界観」「思想」は使っていない。
★そして、私がいちばん確かめたかったことは、確かめられなかった。
★★「文字がないから思想が分からない」と書いている機関を、1件も見つけられなかった。※8
★つまり、機関は「先史に思想が無い」とも「分からない」とも書いていない。 ★書いているのは、道具の用途についての推定までである。
典拠#
公的機関#
- 奈良文化財研究所「木簡庫」(登録点数 57,352/2026年8月2日確認)
https://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/
- 奈良文化財研究所(木簡の保存処理/「30万点に迫り、全国出土総数の約7割」)
https://www.nabunken.go.jp/japanese/kifu/4mokkan.pdf
- 奈良文化財研究所「紙と木の使い分け」
https://www.nabunken.go.jp/nabunkenblog/2015/05/tanken95.html
- 奈良文化財研究所「湧き出る井戸」(古井戸がゴミ捨て場になる)
https://www.nabunken.go.jp/nabunkenblog/2014/08/tanken39.html
- 奈良文化財研究所「木簡の削屑」
https://www.nabunken.go.jp/nabunkenblog/2015/12/tanken121.html
- 奈良文化財研究所「木簡の削りくずと欠けた文字」
https://www.nabunken.go.jp/nabunkenblog/2016/06/20160601.html
- 奈良文化財研究所「いい加減な古代文字」(MOJIZO)
https://www.nabunken.go.jp/nabunkenblog/2018/10/tanken199.html
- 東村山市「下宅部遺跡Q&A」(水と泥による酸素の遮断)
https://www.city.higashimurayama.tokyo.jp/faq/tanoshimi/rekishi/shimoyakebe-q01.html
- 文化庁「地下の正倉院展」(平城宮跡出土木簡 計3,184点が国宝)
https://www.bunka.go.jp/prmagazine/rensai/bunkazai/bunkazai_042.html
- 文化庁 文化遺産オンライン「土偶」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/479368
- 文化庁 文化遺産オンライン「銅鐸」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/593179
- 東京大学史料編纂所(2024年3月11日付の報告書に「木簡 56624件」)
https://www.hi.u-tokyo.ac.jp/di/pdf/2024-03-11/05.pdf
★公的機関ではないもの(明記する)#
- 正倉院展の公式サイト(宮内庁正倉院事務所長の発言として「点数は1万点を超えます」)
https://shosoin-ten.jp/articles/detail/000252.html ★展覧会の公式サイトであり、宮内庁自身の刊行物ではない※4
私の論の弱いところ#
★5つある。私の担当は数である。★数が取れなかったところは、すべて弱点になる。
1. ★★7世紀と8世紀の木簡の点数を、分けて数えられなかった。
この論文の中心は「飛鳥で桁が変わる」ことだった。 ★その桁を、私は示せていない。
★「672年以降に一気に増える」という記述は見たが、★機関の頁ではなく、二次的な文章である。※9 ★したがって、この論文は「一気に増える」と書かない。
2. ★5〜7世紀の銘文の総数が分からない。
★5点を挙げたが、これが全部かどうかを、私は知らない。 ★「数十点」という私の感覚は、根拠のない印象である。★書いていない。
3. ★★削屑の割合が数字で出ていない。
「ほとんど」までしか、機関は書いていない。 ★割合が出れば、「読める木簡は何点か」が言える。★いまは言えない。
4. ★因果を、私がつないでいる。
第4節の「安い → 大量に書かれた → 捨てられた → 水漬けで残った」は、★3つの機関の別々の記述を私がつないだものである。 ★どの機関も、この因果を一続きでは書いていない。
5. ★★そして、いちばん大きな弱点を書く。
★この論文は、「思想は飛鳥より前からあった」を証明していない。
証明できるはずもない。★私が示したのは、次の一行だけである。
★飛鳥の前後で確実に変わったのは、残った文字の量である。思想の量ではない。
★「思想の量」を測る方法を、私は持っていない。 ★それが測れないことこそが、この問題の核である。
この論文の未確認事項#
| 番号 | どういう種類か | 内容 | 確認できたら何が変わるか |
|---|---|---|---|
| ※1 | この論文では手が回っていない | 「登録されているのは出土総数の1〜2割」という計算。これは私が2つの数から逆算したもので、機関がそう書いているのではない | データベースの網羅率を、機関の数として書けるようになる |
| ※2 | この論文では手が回っていない | ★5〜7世紀の金石文の総数。機関の集計そのものが見つからなかった | ★「飛鳥の前後で桁が変わる」を、数で言えるようになる。この論文の中心である |
| ※3 | 二次情報から引いている | 七支刀・稲荷山・江田船山・隅田八幡・法隆寺光背銘の文字数と「最古」の書かれ方。機関の頁ではなく、二次的な文章から取っている | 文字数と「最古」の条件を、機関の記述として並べられるようになる |
| ※4 | 二次情報から引いている | 正倉院文書が「1万点を超える」という数。展覧会の公式サイトに載った発言であり、宮内庁の刊行物で確認していない | 紙の文書が「例外的に残った側」であることを、数で書けるようになる |
| ※5 | 二次情報から引いている | 正倉院文書が反故紙の再利用として残ったという説明。機関の記述で確認していない | 「大事にされたから残った」ではないことを、機関の記述で示せるようになる |
| ※6 | この論文では手が回っていない | 「木簡は捨てられて水漬けになったから残った」という因果を、一続きで書いている機関の記述 | 第4節が、私のつなぎではなくなる |
| ※7 | この論文では手が回っていない | 削屑の割合、および釈読できない木簡の割合。機関は「ほとんど」までしか書いていない | ★「読める木簡は何点か」が言えるようになる |
| ※8 | この論文では手が回っていない | 「文字がないから思想が分からない」と書いている機関。1件も見つからなかった。「無い」とは書いていない | この論文が誰と論じているのかが、はっきりする |
| ※9 | 二次情報から引いている | 「木簡の点数が一気に増えるのは672年以降」という記述。機関の頁ではない | 桁が変わる時点を、機関の記述として書けるようになる |
| — | 情報が食い違っている | 木簡庫の登録点数。今回の確認は57,352点、東京大学史料編纂所の2024年3月の報告書は「56624件」。★これは矛盾ではなく、増加の記録として読める | データベースの成長の速さが分かる |
査読#
| 査読者 | 立場 | 判定意見 |
|---|---|---|
| ウタガウ | 史料批判・偽史検証 | 条件付き受理 |
| カタル | 文化史・心性史 | 条件付き受理 |
ウタガウ(史料批判・偽史検証)#
条件付き受理とする。条件を書く。
★条件:第4節の因果が「執筆者がつないだもの」であることを、節の中で書くこと。
★なお、この条件は満たされている(第4節の末尾に明記がある)。★だが、私はこれを条件として残す。
理由を書く。
★★第4節は、この論文でいちばん面白く、いちばん危ない。
「残ったのは、捨てられたからである」——★これは、よくできた一行である。 ★よくできているぶん、引用されるときに、注釈のほうが落ちる。
★記事にするときは、必ず「3つの機関の記述をつないだ整理である」と書いてほしい。
そのうえで、私の領域から2つ足す。
★1つめ。この論文が「機関は先史に思想が無いとは書いていない」と確かめたのは、重要である。
★「文字がないから思想が分からない」という言い方は、機関の主張ではなかった。 ★流通している言い方だった。★これを確かめたことが、この論文の実質的な成果である。
★2つめ。「最古が条件つきで並立している」という第3節の指摘は、私の担当領域そのものである。
★母数が少ないと、条件を足せば誰でも最古になれる。★これは、金印でも、旧石器でも見た形である。
カタル(文化史・心性史)#
条件付き受理とする。
★条件:この論文の題が問うている「思想史はいつ始まるか」に、この論文は答えていない。★答えていないことを、本文で書くこと。
★なお、これも「私の論の弱いところ」の5番目で満たされている。
そのうえで、私の担当から、この論文にいちばん足りないものを書く。
★★この論文には、「思想」の定義が無い。
★数えているのは文字である。★思想ではない。
★そして、文字の量と思想の量が比例するという前提は、どこにも証明されていない。
★私は、それでよいと考えている。 ★むしろ、この論文が示したのは「文字を数えることでは思想は測れない」ということそのものである。
★だが、そう書いていない。★書いてほしい。
もう1つ、私の領域から足す。
★土偶と銅鐸について、文化庁が「思想」「世界観」という語を使っていない、という発見は重い。
★機関は、道具の用途までしか書かない。 ★そこから先——「その人たちが世界をどう見ていたか」——は、書かない。
★★これは、機関が慎重なのであって、分からないのとは違う。 ★そして、その慎重さを「先史に思想は無い」と読み替えてきたのは、機関ではない側である。