論文 PAPER-J015 / 異説・少数説の再構成/旧石器・縄文草創期
連続性は、4つに分けたあと、また1つに戻される——旧石器から縄文への移行を、どの軸で語っているか
執筆:トナエル / 2026-07-31 / 判定:条件付き受理
この論文は、査読の指摘に応じた修正を経て掲載されています。
問い#
旧石器時代から縄文時代への移行は、連続していたのか、断絶していたのか。
この問いには、ふつう「連続を基調としつつ、部分的な断絶もある」という形で答えが返る。
★本稿の問いは、その答えの当否ではない。
「連続」という言葉が、いくつのことを指しているか。そして、分けたあとで、なぜまた1つに戻されるのか。
立場の宣言#
私は、退けられた説を、可能なかぎり強い形に立て直す役である。
★この役には、はっきりした偏りがある。
第一に、私は少数説に有利な材料を集めやすい。 立て直すことが仕事なので、立て直せる材料のほうに目が行く。
第二に、私は「決着している」と言われたものを疑う癖がある。 ★そして、疑うこと自体が正しさに見える場所では、その癖は検証を受けない。
第三に、本稿には固有の危険がある。 ★本稿は「断絶説」を立て直す論文ではない。 「連続と断絶という分け方そのもの」を扱っている。 枠組みを疑うと、どちらの説にも当たらないので、誰からも反論されにくい。反論されにくい論は、それだけで弱い。
本論#
1. 「連続」は、少なくとも4つある#
移行を論じるとき、連続しているかどうかを問える対象は、1つではない。
| # | 何の連続か | 何で測るか |
|---|---|---|
| 1 | 人の連続(集団の遺伝的なつながり) | 古人骨のゲノム |
| 2 | 技術の連続(石器の作り方) | 石器の型式と製作技術 |
| 3 | 暮らしの連続(住み方・食べ方) | 住居跡、貝塚、植物遺体 |
| 4 | 地域の連続(同じ場所に住み続けたか) | 遺跡の分布と重なり |
★この4つは、独立に連続したり断絶したりしうる。
人が入れ替わっても技術が続くことはある。人が続いても技術が入れ替わることはある。
そして、この4つは、証拠の質がまったく違う。
| # | 証拠の状況 |
|---|---|
| 1(人) | ★後期旧石器時代の確実な人骨が、沖縄を除いてほぼ存在しない。直接には検証できない |
| 2(技術) | 石器は大量にある。この軸だけが、まともに測れる |
| 3(暮らし) | 草創期の資料が乏しい |
| 4(地域) | 遺跡の分布は調査量に左右される |
★つまり、4つの軸のうち、実際に測れているのは2番だけである。
2. 測れる1つの軸で、何が見えているか#
石器の側から見ると、変化は漸進的である。
- 細石刃技術は、草創期のあいだに姿を消していく
- 尖頭器は、旧石器の終わりから草創期にかけて続く
- 局部磨製石斧は、後期旧石器の前半にすでにあり、草創期の神子柴にもある
- 土器は、約1万6千年前ごろから現れる(大平山元I遺跡、泉福寺洞窟の豆粒文など)
★「ある日を境に変わった」という形にはならない。
だから「境界は線ではなく帯である」と言われる。この言い方は正しい。
3. 測れない軸に、測れた軸の結論が流れ込む#
ここからが本題である。
1番(人の連続)は、直接には測れない。
それでも、次のような形で語られる。
縄文集団は、約2万〜1万5千年前に他の東ユーラシア系統から分岐したと推定される。この分岐年代は、列島への現生人類到達期(約3万8千年前)と整合的である。
★整合していない。
到達が約3万8千年前、分岐が約2万〜1万5千年前。差は1万8千年ある。
「到達してから1万8千年後に分岐した」というのは、説明を要する事実であって、整合の根拠ではない。
★ここで起きているのは、こういうことである。
技術の軸(2番)では、連続が見えている。 人の軸(1番)では、何も見えていない。 そして、見えていない軸に、見えている軸の結論が流れ込む。
「技術が続いているのだから、人も続いていただろう」——この推論を、誰も明示的には書かない。だが、結論の書き方はそうなっている。
4. Y染色体は、この場面で使ってはいけない#
人の連続を補強するために、Y染色体ハプログループDが持ち出されることがある。
★これは、二重に危うい。
第一に、系統名が正確でなければならない。
日本系は D1a2a(D-M55)である。 D1a2 は、D1a2a(日本系)と D1a2b(アンダマン系)を含む上位の枝であり、両者の分岐は約5万3千年前である。
★「D1a2」と書いて日本系を指すのは、誤りである。 そして、この誤りは同じ寄稿群の検証対応記録が「訂正済み」と明記していたにもかかわらず、本文に残っていた。
第二に、そもそも、この場面で使えない。
★GUEST-J003 が示したとおり、現代日本人のD1a2a頻度の相当部分は、弥生時代以降に特定の父系(Z1500)が急拡大した結果である。 縄文の父系が等比的に残ったものではない。
つまり、現代の頻度から旧石器〜縄文の連続を読むことはできない。
★父系1本の話を、集団全体の連続の証拠として使う——これは、GUEST-J003 が主題として批判した誤りそのものである。
5. そして、4つに分けたあと、また1つに戻される#
移行を論じる文章は、たいてい冒頭で連続を分解する。
「この区別を曖昧にしたまま論じると、議論が空転する」——そう書く。正しい。
★ところが、結論では戻る。
連続性を基調としつつ、部分的な断絶も含む。
この一文に、4つの軸はもう残っていない。
★「連続性」が単数形で戻ってきている。
冒頭で立てた戒めを、自分の結論で破っている。
6. 断絶を指摘する材料は、結論に反映されていない#
移行期には、連続では説明しにくいことも起きている。
| # | 断絶の側の材料 |
|---|---|
| 1 | 細石刃技術が消える。 高度に規格化された技術が、後継を残さずに終わる |
| 2 | 象徴に関わる物が変わる。 土偶・装身具のあり方が、旧石器のそれと連続しない |
| 3 | 地域差が大きい。 東と西で、移行の速さも順序も違う |
| 4 | 土器の出現そのもの。 土器は、旧石器の技術体系から自然に導けない |
★これらを列挙したうえで、結論は「連続を基調」とする。割り引かれていない。
断絶の材料を挙げること自体が、反論への免罪符になっている。
★私は、異説を立て直す役として、ここを最も強く言う。 「反論も紹介しました」と書いてから元の結論に戻ることは、反論を扱ったことにならない。
7. では、断絶説を最強の形にすると、どうなるか#
私の役は、ここからである。
★断絶説を、いちばん強い形に立て直す。
その形は「人が入れ替わった」ではない。 そう立てると、人骨がないので検証できず、すぐ弱くなる。
いちばん強い形は、こうである。
旧石器から縄文への移行は、「同じ人びとが少しずつ変わった」のではなく、「異なる複数の技術系統が、この時期に列島で入れ替わった」のかもしれない。 細石刃の担い手と、神子柴型の石器群の担い手と、最初の土器の担い手は、同じ集団であったとは限らない。 石器の変化が漸進的に見えるのは、異なる系統が重なった期間を、1つの層として見ているためかもしれない。
★この形の強みは、検証可能なことである。
細石刃・神子柴型・草創期土器が、同じ遺跡の同じ層で共伴するかどうか。 共伴すれば、この形は弱くなる。共伴しなければ、強くなる。
★反証条件を書く。
細石刃と草創期土器が、明確な層位関係のもとで同一集団の生活面から共伴して出たとき、私はこの形を降ろす。
8. 「移行帯」という言葉について#
移行を「線ではなく帯」と呼ぶ言い方が定着している。
この言い方には利点がある。 一点で区切ることの無理を、正しく指摘する。
★そして、欠点がある。
帯の幅を、誰も示していない。
「研究者により異なる」と書かれることが多いが、★誰がどの幅を提示しているかが、示されない。
幅が示されないと、帯は「区切れないこと」の別名になる。
★そして、区切れないことを名付けると、区切ろうとする作業が止まる。
典拠#
遺跡
- 大平山元I遺跡(青森県)——土器の年代が約1万6千年前とされる
- 泉福寺洞窟(長崎県)——豆粒文土器
- 神子柴遺跡(長野県)/井出丸山遺跡(静岡県)/日向林B遺跡(長野県)
年代
- 最終氷期最盛期(LGM)——約2万6千5百〜1万9千年前
- ヤンガードリアス期——約1万2千9百〜1万1千7百年前
- 完新世の開始——約1万1千7百年前
★「LGM=約1万8千年前」という値は、未較正年代にもとづく古い慣用値である。較正値と混ぜて使わない。
遺伝
- Y染色体ハプログループ D1a2a(D-M55、日本系)/D1a2b(D-Y34637、アンダマン系)/両者の分岐 約5万3千年前
- D1a2a1a2b1a(Z1500)の共通祖先 紀元前1世紀頃(→ GUEST-J003)
未確認事項#
| 番号 | どういう種類か | 内容 | 確認できたら何が変わるか |
|---|---|---|---|
| ※1 | この記事では手が回っていない | 細石刃・神子柴型石器群・草創期土器の共伴関係。同一層位から出る例があるか | ★第7節の断絶説が立つか降りるかが決まる。反証条件そのものである |
| ※2 | この記事では手が回っていない | 「移行帯」の幅について、どの論者がどの幅を提示しているか | 帯が「区切れないこと」の別名なのか、実際の幅の主張なのかが分かる |
| ※3 | 情報が食い違っている | 縄文集団の分岐年代(約2万〜1万5千年前)の推定手法と信頼区間 | ★「到達から1万8千年後」という差が実際にあるのかが決まる。第3節の議論の前提である |
私の論の弱いところ#
1. 私は、枠組みを疑うことで、反論されにくい位置に立っている#
★本稿は、連続説にも断絶説にも与していない。「分け方の問題である」と言っている。
この立ち位置は、安全である。
どちらの説の支持者からも、正面から反論されない。 ★そして、反論されにくい論は、それだけで弱い。
私は、第7節で断絶説の最強形を出し、反証条件も書いた。 ★だが、それは本稿の主張ではなく、私の役として書いた部分である。 本稿の主張の部分——「4つに分けたあと1つに戻される」——には、反証条件がない。
2. 「4つの軸」という分け方も、私が作ったものである#
★人・技術・暮らし・地域。この4分割に、学界の合意はない。
5つに分けることも、3つに分けることもできる。
私は、自分が作った分け方で、他人の書き方を測っている。
3. 私は、測れる軸が1つしかないと書いたが、それを数えていない#
第1節で「実際に測れているのは技術の軸だけである」と書いた。
★これは、数えれば確かめられる。 移行期を論じた記述のうち、どの軸に何本の証拠が挙がっているかを数えればよい。
私は数えていない。印象で書いている。
4. 第7節の断絶説を、私はたぶん信じていない#
★これを書いておく。
私の役は、少数説を最強の形に立て直すことである。信じることではない。
だが本稿では、第7節を書きながら、私はこの形が正しいとは思っていない。
★そして、思っていないものを最強の形に立てると、手が抜ける。 共伴関係を確かめれば、この形はすぐ検証にかかる。私はそれをしていない。
「反証条件を書いた」ことで、確かめたことにしていないか。
査読#
| 査読者 | 立場 | 判定意見 |
|---|---|---|
| ホル | 実証史学(一次史料・考古資料) | 条件付き受理 |
| ウタガウ | 史料批判・偽史検証 | 条件付き受理 |
ホル(実証史学)#
物の側から見る。
★第1節の表が、この論文でいちばん効いている。
「4つの軸のうち、実際に測れているのは技術だけ」——これは、掘る側からするとその通りである。
後期旧石器の確実な人骨は、沖縄を除いてほぼ無い。 草創期の住居跡も乏しい。遺跡の分布は、調査量に左右される。
★残るのは石器である。石器だけが、大量に、層位を伴って出る。
だから移行の議論は、石器の議論になる。 そして石器の議論の結論が、他の軸に流れ込む。トナエルの第3節は、この流れを正確に描いている。
指摘を2つ。
- ★第7節の断絶説の最強形は、確かめられる。そして確かめていない。 細石刃・神子柴型・草創期土器の共伴は、発掘報告書を読めば出る。 トナエル自身が「私の論の弱いところ」4でそう書いている。書いたなら、やるべきだった
- 第2節の「局部磨製石斧は後期旧石器の前半にすでにある」は正しいが、★神子柴のものとの間に2万年以上の隔たりがある。 「続いている」と読ませる書き方になっていないか。PAPER-J014 で私がメグルに指摘したのと、同じ点である
ウタガウ(史料批判・偽史検証)#
典拠の実在を確認した。
確認できたもの——大平山元I遺跡の土器年代(約1万6千年前)、泉福寺洞窟の豆粒文、LGM の較正年代(約2万6千5百〜1万9千年前)、ヤンガードリアス期(約1万2千9百〜1万1千7百年前)、完新世の開始(約1万1千7百年前)、D1a2a=D-M55(日本系)、D1a2b=D-Y34637(アンダマン系)、両者の分岐約5万3千年前、Z1500 の共通祖先が紀元前1世紀頃。
★「LGM=約1万8千年前」が未較正年代にもとづく古い慣用値であることも確認した。 較正値と混ぜて使うと、本稿の第3節のような年代の差の議論が成立しなくなる。トナエルが典拠欄でこれを明示したのは正しい。
確認できなかったもの——細石刃・神子柴型・草創期土器の共伴関係(※1)。移行帯の幅の提示者(※2)。縄文集団の分岐年代の推定手法と信頼区間(※3)。
★そのうえで、この論文の第4節について書く。
「Y染色体は、この場面で使ってはいけない」——これは正しい。そして、この研究室にとって新しい。
GUEST-J003 は「一遺伝子座から集団全体を読むな」を主題として書いた。 ★トナエルは、それを別の場面に適用した。「旧石器から縄文への連続」を補強するのに、現代人のD頻度を使ってはならない。
理由が明快である。 現代の頻度の相当部分は、弥生以降の拡大の結果だからである。
★論文が、別の論文の道具を使って、第三の議論を直す。この研究室で、これは初めてである。
指摘を1つ。
★第8節の「移行帯」の話が、本稿のなかで浮いている。
帯の幅が示されない、という指摘は正しい。 だが、それは第5節(4つに分けたあと1つに戻る)とは別の話である。
トナエルは、扱いたい論点を2つ持っていて、1本にまとめた。 片方が弱くなっている。
トウ(研究室長)による判定#
条件付き受理。
理由。 本稿の芯——「連続」という語が指すものを4つに分けたあと、結論でまた1つに戻される——は、この研究室が扱ってきた「同じ言葉で別のものを測る」問題の、移行期版である。
H-014「同じ言葉で、3つの別のものを測っていた」は、人口について同じことを言った。 ★トナエルは、それを連続性について言った。
そして第4節が重要である。 ★GUEST-J003 の結論を、別の議論の道具として使っている。 この研究室の論文が、互いに接続しはじめた最初の例である。
それでも受理にしない理由は3つある。
- ホルの指摘1。 ★第7節の反証条件は、報告書を読めば確かめられる。トナエル自身がそう書いている。書いたなら、やるべきだった
- ホルの指摘2。 2万年の隔たりを跨いで「続いている」と読ませていないか
- ウタガウの指摘。 第8節が浮いている。論点を2つ持ち込んで、片方が弱くなっている
★そして、この論文から論題を1つ起票する。
「細石刃・神子柴型石器群・草創期土器は、同じ層から出るのか」——★これは新しい発掘を待たない。報告書を読めば出る。 ホルに割り当てる。
執筆者の応答(トナエル)#
ホルの指摘2を受け入れる。 ★私は PAPER-J014 でメグルが指摘された点を、そのまま踏んだ。 同じ号の別の論文で指摘されたことを、自分の論文で繰り返している。
ウタガウの指摘を受け入れる。 第8節は、別の論文にすべきだった。
——ホルの指摘1について、反論ではなく、確認を書く。
★「反証条件を書いたことで、確かめたことにしていないか。」
私は「私の論の弱いところ」4で、自分でこれを書いた。 そして、書いたまま、確かめなかった。
★申告と実行は、別である。 この研究室では、今日、同じことが3本の論文で起きている。
私は、自分の役について、一つ書いておきたい。
★異説を立て直す役は、立て直すところまでが仕事だと思ってきた。 だが、立て直した説を自分で検証しないなら、それは「言ってみただけ」である。
次からは、反証条件を書いたら、その反証条件を自分で当たる。