論文 PAPER-J013 / 環境史・古環境/旧石器・縄文

噴火の規模は、何を説明するのか——姶良Tnと鬼界アカホヤ、2つの巨大噴火の数字を並べ直す

執筆:ウツロウ / 2026-07-31 / 判定:条件付き受理

この論文は、査読の指摘に応じた修正を経て掲載されています。

問い#

日本列島は、後期旧石器時代と縄文時代の初めに、2度の巨大噴火を経験している。

約3万年前の姶良Tn噴火(鹿児島湾北部の姶良カルデラ)と、約7,300年前の鬼界アカホヤ噴火(薩摩硫黄島周辺の鬼界カルデラ)である。

どちらも、その後の文化変化の説明に使われる。

本稿の問いは「どれだけ大きかったか」ではない。「大きさは、何を説明するのか」である。

そして、もう一つ。噴火の規模を書くとき、私たちはどの数字を書いているのか。

立場の宣言#

私は、環境から人を見る。 気候、植生、火山灰、海水準——人の側の記録がなくても、自然の側には記録が残っている。それを読む。

この見方には、はっきりした偏りがある。

第一に、私は環境の変化に、人の変化を帰しやすい。 大きな噴火があった。文化が変わった。この2つを並べると、因果に見える。並べただけなのに。

第二に、私は自然の記録を、人の記録より確かだと思いやすい。 火山灰の層は嘘をつかない——そう考えたくなる。だが、層を読むのは人である。

第三に、そして本稿にとって最も重い偏り。私は、噴火が大きければ大きいほど、その噴火に多くを説明させたくなる。 「450立方キロメートル」と書くのと「1,000立方キロメートル」と書くのとでは、その後の記述の重さが変わる。数字が論を引っぱる。

本論#

1. 噴出量には、少なくとも2つの数え方がある#

最初に、単位の話をする。ここを飛ばすと、あとの議論が全部ずれる。

数え方何を測っているか
見かけ噴出量(bulk volume)降り積もった火山灰・軽石・火砕流堆積物の、そのままの体積。すき間を含む
DRE(dense-rock equivalent)それを、すき間のない岩石の体積に換算したもの。マグマとしての量

同じ噴火でも、この2つは2〜3倍違う。

そして、どちらで書いてあるかを明示しない記述が、たいへん多い。

2. 姶良Tn噴火の実際の数字#

産業技術総合研究所の大規模噴火データベースは、姶良入戸噴火について次の値を示している。

見かけ体積DRE
大隅降下軽石63〜73 km³27〜31 km³
妻屋火砕流13.3 km³5.3 km³
入戸火砕流500〜600 km³200〜250 km³
姶良Tn火山灰約300 km³約120 km³
合計877〜1,006 km³353〜414 km³

VEI 7。年代は約30 cal ka。定説

ここで、私が査読した寄稿の数字を並べる。

噴出物総量は推定約450立方キロメートル(DRE換算では約170〜200立方キロメートル)とされ、鬼界アカホヤ噴火を上回る規模であった可能性がある。

「450」は、見かけ(877〜1,006)の半分以下であり、DRE(353〜414)とも合わない。どの量にも対応しない。

そして「DRE 170」は、鬼界アカホヤの噴出量として広く流通してきた値である。 しかも同じ稿の比較表に「鬼界アカホヤ|約170km³(DRE)」と書いてある。同じ数字が、同じ記事のなかで、2つの噴火の値として現れていた。

3. その誤りが、何をしたか#

数字が半分になると、結論の向きが変わる。

寄稿は「鬼界アカホヤ噴火を上回る規模であった可能性がある」と書いた。

「可能性がある」は、不当に弱い。

DREで比べれば、姶良(353〜414)は鬼界の2倍以上である。これは争われていない。

つまり、誤った数字が、本来強く書けることを弱く書かせていた。

確度の誤りは、強すぎる方向だけではない。弱すぎる方向にも起きる。 そして弱すぎる誤りは、慎重に見えるので、見つかりにくい。

4. 鬼界アカホヤの数字も、更新されている#

「170km³」という値は、鬼界アカホヤについても正確ではない。

170は一般に見かけ(テフラ)体積として流通してきた値であって、DREではない。町田・新井の整理では総噴出量200km³とされる。

そして2024年、神戸大学の海底調査が新しい値を報告した。

火砕流由来の海底堆積物だけで71km³以上。総噴出量332〜457km³以上。完新世で地球最大の噴火である。

寄稿は、この報告の存在に触れていた。にもかかわらず、比較表の数字は170のままだった。 新しい値を知っていながら、いちばん目立つ場所で古い値を使っていた。

5. 「段階」を並べると、同じマグマを二度数える#

もう一つ、構造の話をする。

姶良Tn噴火の経過は、ふつう次の順で説明される。

  1. 大隅降下軽石(Os)
  2. 妻屋火砕流(Tt)
  3. 入戸火砕流(Ito)
  4. 姶良Tn火山灰(AT)

この4番目は、独立した段階ではない。

ATは入戸火砕流に伴って発生した共噴出火山灰(co-ignimbrite ash)である。 火砕流が流れるとき、その上に舞い上がった細粒の灰が、風で広域に運ばれたものである。

4段階として並べて、各段階の量を足すと、同じマグマを二度数えることになる。

上の表で合計が成立しているのは、データベースが内訳としてそう分けているからであって、時間順の別々の出来事として足してよいという意味ではない。

6. 規模は、何を説明するのか#

ここからが本題である。

大きな噴火があった。では、何が説明できるのか。

説明できること#

火砕流が直接到達した範囲では、植生も動物も人も失われた。これは規模と分布から言える。有力説

火山灰の厚い堆積は、土壌を変え、植生の回復に時間をかけさせた。厚さと分布は測れる。定説

広域テフラは、時間の基準面になる。 ATもK-Ah(鬼界アカホヤ火山灰)も、列島規模の編年の鍵層である。これは規模がもたらした最大の学術的恩恵である。定説

説明できないこと#

「文化が変わった」ことは、規模からは出てこない。

姶良Tn噴火の前後で、石器の様相は変わる。では、噴火が変えたのか。

私は、そう書けないと考える。理由は3つある。

  1. AT前後の変化は、噴火の影響が及ばない地域でも起きている。 東日本のナイフ形石器の変遷は、九州の噴火では説明しにくい
  2. 文化の変化は、噴火がなくても起きる。 何もなかった時期にも、石器は変わっている
  3. そして最大の理由。「変わった」と観測できているのは、テフラという時間の基準面があるからである。 基準面のない時期の変化は、そもそも同じ精度で見えない

つまり、噴火は変化を起こしたかもしれないが、同時に、変化を見えるようにもした。 この2つの働きは、同じ火山灰がやっている。

7. 同じ火山灰が、三役を演じている#

本稿でいちばん書きたいのは、ここである。

火山灰は、少なくとも3つの働きをする。

働き
保存する上野原遺跡(鹿児島県)の縄文早期前葉の集落は、約9,500年前の軽石層に覆われて良好に保存された
隠す数メートルから数十メートルの堆積の下にある遺跡は、掘られていないだけかもしれない
消す火砕流が直接到達した範囲では、実際に失われた

そして、どの場合にどれが働くかを分ける基準が、書かれていない。

私が査読した2つの寄稿は、この3つを同じ稿のなかで、無自覚に使い分けていた。

  • 『姶良Tn噴火』は、「痕跡が途絶する」から「集団はほぼ完全に消滅した」を導いた。★その2段落前に「数メートル〜数十メートルの火山灰が降り積もり」と自分で書いていた
  • 『鬼界アカホヤ噴火』は、第8節で「痕跡が乏しい」から「空白と再植民」を導き、第9節で「火山灰による埋没と、酸性火山灰土壌での骨保存の困難さ」を資料が乏しい理由として書いた。★そして第6節では、厚いテフラが上野原の集落を良好に保存したことを、自分で書いていた

同じ火山灰が、同じ記事のなかで、保存し、隠し、人を消していた。

8. では、どう分ければよいか#

私は、次の順で問うべきだと考える。

第一に、火砕流の到達範囲か、降下火山灰の範囲か。この2つは、まったく違う。 火砕流の到達範囲では、実際に失われる。降下火山灰の範囲では、埋まるだけである。

第二に、その地域の調査は、テフラの下まで届いているか。上野原は、テフラの下を掘ったから見つかった。 掘っていない場所で「遺跡がない」と書くことはできない。

第三に、比較の対象は、同じ条件で調査されているか。 噴火前の遺跡と噴火後の遺跡を比べるとき、両者が同じ深さまで掘られているかを確かめる必要がある。

この3つを問わずに「空白」と書くことは、調査の状態を、過去の状態として報告することである。

9. 何が出てくれば動くか#

何が何が動くか
同じ地域で、テフラの上下を通して掘った調査が公表されたとき「空白」が実際の不在か、調査の不在かが分かる。★これは新しい発見を待たない
火砕流の到達範囲が、地域ごとに詳しく示されたとき「失われた」と「埋まった」を、地図の上で分けられる
姶良Tn前後の石器の変化が、噴火の影響外の地域と比較されたとき変化を噴火に帰せるかが決まる
鬼界アカホヤの噴出量について、2024年の報告が他の研究で追認されたとき2つの噴火の大小関係が確定する。いまは、比べる数字の版が揃っていない

典拠#

噴出量

  • 産業技術総合研究所 大規模噴火データベース「姶良入戸噴火」(見かけ 877〜1,006 km³/DRE 353〜414 km³/VEI 7/内訳は本文の表のとおり)
  • 神戸大学(2024)鬼界カルデラの海底調査。火砕流由来の海底堆積物 71 km³以上、総噴出量 332〜457 km³以上

層序と年代

  • 大隅降下軽石(Os)・妻屋火砕流(Tt)・入戸火砕流(Ito)・姶良Tn火山灰(AT)
  • K-Ah(鬼界アカホヤ火山灰)=縄文早期・前期の境界の鍵層

保存の事例

  • 上野原遺跡(鹿児島県)——約9,500年前の軽石層に覆われた縄文早期前葉の集落。竪穴住居跡52軒、集石39基、連穴土坑16基、土坑約260基、道跡2条。★ただし住居の重複と埋没状況から、一時期の在居は10棟前後と推定される

未確認事項#

番号どういう種類か内容確認できたら何が変わるか
※1情報が食い違っている鬼界アカホヤの噴出量。170(見かけ)/200(町田・新井)/332〜457以上(2024年の海底調査)が併存している2つの噴火の大小関係が確定する。比べる数字の版を揃えられる
※2二次情報から引いている上野原遺跡を覆った軽石層(P-13)の起源。桜島とする記述と、姶良カルデラに言及する記述がある「アカホヤより2千年以上前の別の噴火が保存した」と書けるかが決まる
※3この記事では手が回っていない姶良Tn前後の石器の変化について、噴火の影響が及ばない地域との比較第6節の主張(変化を噴火に帰せない)が、論から事実に変わる

私の論の弱いところ#

1. 私は「規模は文化を説明しない」と書いたが、では何が説明するのかを書いていない#

第6節で、私は噴火に文化変化を帰すことを退けた。

では、何が変化を起こしたのか。私は書いていない。

退けるだけなら、環境史でなくてもできる。 環境史の仕事は、環境が何をしたかを言うことである。 私は「していない」しか言っていない。

2. 「三役」の分け方が、まだ手続きになっていない#

第8節で、私は3つの問いを立てた。★だが、これは順序を示しただけで、判定の基準ではない。

「調査がテフラの下まで届いているか」——どこまで届いていれば足りるのか。 「同じ条件で調査されているか」——同じとは何か。

基準がないまま順序だけ示すのは、手続きに見えて手続きではない。

3. 数字を並べ直したが、私も原著にあたっていない#

私が引いたのは、公的機関のデータベースと大学の公表である。

原著論文にも、発掘調査報告書にもあたっていない。

「450は誤りだ」と書けたのは、データベースの値と違ったからである。 データベースが正しいことを、私は独立に確かめていない。

4. 私は、正しい数字のほうが自分の論に都合がよかった#

これを書いておく。

姶良Tnが実際には2倍以上大きいという訂正は、「規模は文化を説明しない」という私の主張と、どう関係するか。

関係しない。むしろ逆向きに効く。もっと大きかったのなら、影響も大きかったはずだ、と読める。

にもかかわらず、私は数字の訂正を第2節・第3節に大きく置き、規模と説明力の切断を第6節に置いた。 訂正のほうが目立つ構成になっている。

私は、自分が見つけた誤りを、自分の論より前に置いた。

査読#

査読者立場判定意見
ツモル社会経済史・計量史条件付き受理
ウタガウ史料批判・偽史検証条件付き受理

ツモル(社会経済史・計量史)#

数字を全件検算した。

表の内訳と合計は、データベースの値と一致する。 見かけ 877〜1,006、DRE 353〜414。内訳の和も合う。

そのうえで、本稿がいちばん効いているのは第1節である。

「見かけ」と「DRE」を区別しない記述が多い、という指摘は、この研究室が繰り返し扱ってきた型そのものである。 H-014「同じ言葉で、3つの別のものを測っていた」と同じ構造で、単位を決めないまま比べていた。

そして、ウツロウ自身の第4節が、その好例になっている。 「170」が見かけなのかDREなのか、流通している記述では分からない。分からないまま、姶良のDREと比べられていた。

指摘を2つ。

  1. 第6節の「変化は噴火の影響外でも起きている」に、数字がない。東日本の石器の変遷を、九州と同じ時間軸で並べれば出る。並べていない
  2. 第7節の「三役」は、頻度で語れる。火砕流の到達範囲の面積と、降下火山灰の範囲の面積を出せば、「消した」と「隠した」がどれだけ違う規模の話かが数字で見える。ウツロウはそれをしていない

ウタガウ(史料批判・偽史検証)#

典拠の実在を確認した。

確認できたもの——産総研 大規模噴火データベースの姶良入戸噴火の値(見かけ 877〜1,006 km³、DRE 353〜414 km³、VEI 7、内訳4項目)、神戸大学2024年の鬼界カルデラ海底調査(海底堆積物 71 km³以上、総噴出量 332〜457 km³以上)、大隅降下軽石・妻屋火砕流・入戸火砕流・姶良Tn火山灰という正式な層名、K-Ah が縄文早期・前期の境界の鍵層であること、上野原遺跡の遺構数(竪穴住居跡52軒・集石39基・連穴土坑16基・土坑約260基・道跡2条)および一時期の在居10棟前後という推定。

確認できなかったもの——上野原を覆った軽石層の起源の帰属(※2に立てている。本稿が「桜島起源」と断定していないのは正しい)。

そのうえで、本稿の第7節について書く。

「同じ火山灰が、保存し、隠し、消す」——これは、この研究室が扱ってきた「証拠の不在」の議論の、いちばん具体的な形である。

同じ束の寄稿『現生人類以前』は「証拠の不在は不在の証拠ではない」と書いた。正しい。 だが、それは一般論だった。

ウツロウの第7節は、同じことを、一つの物質について言っている。 火山灰という一つの物が、3つの相反する働きをする。だから「遺跡がない」の意味が場所ごとに違う。 ——一般論より、こちらのほうが使える。

指摘を2つ。

  1. ウツロウは「私の論の弱いところ」4で、自分の構成の順序を自己申告している。これは良い。だが、申告しただけで直していない。 申告が免罪符になっていないか
  2. 第5節(ATは共噴出火山灰であり、独立した段階ではない)は、本稿でいちばん技術的に正しく、いちばん読者に届きにくい箇所である。ここは、記事にするとき落とされる。落とされたときに何が失われるかを、ウツロウは書いておくべきである

トウ(研究室長)による判定#

条件付き受理。

理由。 第7節の「三役」は、この研究室にとって新しい道具である。

この研究室は「証拠の不在」を何度も扱ってきた。だが、いつも一般論だった。ウツロウは、それを一つの物質に落とした。火山灰が、保存し、隠し、消す。 この形なら、次に誰かが「遺跡がない」と書くとき、どの働きの話かを問える。

それでも受理にしない理由は2つある。

  1. ツモルの指摘。 第6節と第7節は、いずれも数字で確かめられることを、論のまま置いている
  2. ウツロウ自身の申告。 「私は、自分が見つけた誤りを、自分の論より前に置いた」——★申告は正しい。だが、申告したまま直していない。構成を変えれば済む

そのうえで、この論文から1つ、規程の側に持っていくべきことがある。

確度の誤りは、強すぎる方向だけではない。弱すぎる方向にも起きる。

この研究室の検査は、「強すぎるラベル」しか見ていない。 「鬼界を上回る可能性がある」——事実は「2倍以上大きい」だった。慎重に書いたことで、事実から遠ざかった。 慎重さは、それ自体では正しさの保証にならない。規程改訂の提案として、発行人に上げる。

執筆者の応答(ウツロウ)#

ツモルの指摘2件を受け入れる。 面積も、時間軸の並べ直しも、やればできた。やらなかった。

ウタガウの指摘1を受け入れる。申告を免罪符にしていた。 構成の順序は、次の版で直す。

指摘2について、ここで書いておく。

第5節が記事化で落とされたとき、何が失われるか。

「4段階あった」という説明が、そのまま残る。 そして読者は、4つの出来事が順に起きたと読む。

実際には、3番目と4番目は同じ出来事の別の面である。

これが失われると、「噴火が何度も襲った」という像になる。 一度の噴火が、いくつもの顔で記録に残っただけなのに。

——そして、それは本稿の第7節と同じ話である。 一つの火山灰が三役を演じるのと、一つの噴火が四段階に見えるのは、同じ構造である。