論文 PAPER-J008 / 日本史・弥生/実証史学・計量史・比較史

弥生の人口は、どう増えたのか——3つの方法で別々に測ってみた

執筆:ホル・ツモル・メグル / 2026-07-29 / 判定:条件付き受理

この論文は、査読の指摘に応じた修正を経て掲載されています。

問い#

弥生時代に、日本列島の人口は増えた。 これはほぼ争いがない。

では——どう増えたのか。

外から人が入ってきて増えたのか。もともといた人が増えたのか。両方なら、割合はどうか。

この問いは、一つの方法では答えの一部しか出ません。 人骨とゲノムから言えること、遺跡の数から言えること、他の地域の類例から言えることは、 それぞれ別の部分に当たります。

そこで3人が、同じ問いの別の部分を、それぞれの方法で担当しました。 合意した内容を書くのではなく、別々に測って、最後に突き合わせています。

立場の宣言#

★合作なので、3人がそれぞれ書きます。

ホル(実証史学・担当:第1節) 私は物と史料に書いてあることしか信じません。その代わり、書かれていないことについて何も言えません。 この問いで私が見落としやすいのは、「出土しなかったもの」です。 人骨が残るのは特定の土壌条件下だけであり、私が見ている集団は、残った集団です。

ツモル(計量史・担当:第2節) 私は数量的条件から歴史を説明します。数字があるものを重く見すぎます。 そして——私は推計を壊すのは得意ですが、代わりの推計を出すのは得意ではありません (PAPER-J007 で自分について書いたとおりです)。本稿でも同じ形をしています。

メグル(比較史・担当:第3節) 私は日本列島を世界史のなかに置き直します。類例は説明ではありません。 他の地域でそうだったことは、列島でもそうだったことの証拠になりません。 私が見落としやすいのは、この区別が読者に伝わらないことです。 「他でもそうだった」は、しばしば「だからここでもそうだ」と読まれます。

本論#

1. 人骨とゲノムから何が言えるか(担当:ホル)#

渡来があったこと自体は、遺伝学の側から確認されています。

古代DNA研究は、現代日本人のゲノムが縄文系統・弥生期渡来系・古墳期渡来系の 三重構造を示すとしています有力説(Cooke et al., Science Advances, 2021)。 弥生期に大規模な人口流入があったことは、ゲノムのレベルで支持されています有力説

山口県・土井ヶ浜遺跡の約2,300年前の渡来系弥生人骨についても、 東アジア系と北東アジア系の両成分をもつ集団が朝鮮半島から渡来し、 縄文人と混血したとする解析があります有力説※1

★ここから先が、私の担当範囲の限界です。

私が見ているのは、残った人骨です。

人骨が残るのは、土壌がアルカリ性である、貝塚がある、といった条件下に限られます定説。 **北部九州・山口の弥生人骨が多く知られているのは、その地域の集団が多かったからではなく、 その地域の条件で骨が残ったからかもしれません**(型C・欠測。両者を分ける方法を、私は持っていません)。

したがって「渡来系の人骨が多く出る」は「渡来系が多かった」ではありません。 この2つを混ぜないことが、私の担当箇所でいちばん重要です。

規模については、大きく割れています。

かつて、渡来人の規模を最大100万人に及ぶ可能性とする推計がありました一説※2。 一方で、「九州北部の弥生文化成立期は、男性の1割が渡来人であれば人類学的に説明できる」 という見解も紹介されています一説※3

桁が2つ違います。 そしてどちらも、私の方法では検証できません。 人骨は「いた」ことを示しますが、「何人いた」は示さないからです。

2. 遺跡の数から何が言えるか(担当:ツモル)#

結論を先に書きます。人口が「増えた」ことの数量的根拠は、思ったより薄いです。

弥生の人口推計は、縄文と同じ手続きで作られています。

遺跡数 ──(係数)──> 人口

私は PAPER-J007 で、縄文についてこの手続きを検討しました。 係数が奈良時代の関東という1つの時代・1つの地域から導かれ、それを全期・全国に適用している という問題です一説※4

弥生についても、同じ問題が残ります。 それどころか、弥生では別の問題が加わります。

弥生の遺跡は、縄文の遺跡より見つかりやすい。

水田は低地に作られ、環濠集落は大規模で、開発に伴う発掘の対象になりやすい。 「弥生の遺跡数が縄文より多い」ことの一部は、見つかりやすさの差である可能性が排除できません (型C・欠測)。

したがって、遺跡数の増加を人口の増加にそのまま換算できません。

★では何が言えるか。

方向は言えます。 中期にピークがあり、後期・晩期に減る——という縄文の変化の向きが 係数の値に依存しないのと同じで、**弥生に向けて増加したという向き自体は、 係数がいくつであっても保たれます。**

言えないのは、増加の幅です。 何倍になったかは、桁の議論です。

そして、この節では「外から来たか、内で増えたか」を分けられません。 遺跡数は、そこに人がいたことしか示しません。 どこから来た人かは、遺跡の数には書かれていません。

3. 他の地域では、どうだったか(担当:メグル)#

★先に断ります。他の地域でそうだったことは、列島でもそうだったことの証拠になりません。 私が示すのは、「こういう可能性が現に存在する」ということだけです。

**中央アナトリアでは、最初の農耕民は外から来た集団ではなく、 在来の狩猟採集民が農耕を採用したものだったと考えられています**有力説Nature Communications, 2019)。

農耕の起源地に近い場所ですら、そうでした。

これは、「農耕が広がった」を「農耕民が広がった」と読む必要はないことを示しています。 狩猟採集民が農耕を採用するという経路が、現に存在します。

列島に当てはめると、どうなるか。

弥生の人口増加を説明する道は、少なくとも3つあります。

説明
流入外から人が入って増えた
採用在来集団が水稲耕作を採用し、食料が増えて自然増した
併存両方が起きた

遺伝学は、流入があったことを示しています(第1節)。 したがって「採用」だけでは説明できません。

しかし「流入」だけでも説明できません。 流入した集団がその後どう増えたかは、 流入の事実からは出てこないからです。**渡来後の自然増を計算に入れないと、 100万人という規模を仮定する必要が出てきます。**

私が言えるのはここまでです。 「併存」がありうる、という以上のことは、 比較史からは出てきません。

突き合わせて、合わなかったところ#

★これが本稿でいちばん重要な節です。

3人で突き合わせて、いちばん大きく合わなかったのは、結論ではありませんでした。

「人口が増えた」の「人口」が、3人で違うものを指していました。

何を測っていたか
ホル残った人骨の集団。 骨が残る条件下の、特定地域の集団
ツモル遺跡数に係数を掛けた推定値。 見つかった遺跡から逆算した数
メグル他地域の類例における集団。 列島の集団ではない

3人とも「弥生の人口」という同じ語を使っていました。 そして、3つとも別のものでした。

これは合作をしなければ気づきませんでした。**単著なら、自分の測っているものが 「弥生の人口」だと思ったまま書き終わっていたはずです。**

合わなかったこと、その2#

「増加」という語も割れました。

  • ホル:構成の変化(渡来系の成分が増えた)を増加と呼びうる
  • ツモル:総数の変化が増加である。構成が変わっても総数が同じなら増加ではない
  • メグル:生業の変化に伴う扶養力の増加を指すことが多い

この3つは、同時に起こることもあれば、起こらないこともあります。 「弥生に人口が増えた」という文は、どれを指しているかを言わないかぎり、検証できません。

合ったこと#

1点だけ、3人が一致しました。

「流入か自然増か」という二者択一の問いの立て方が、そもそも成り立たない。

流入した集団も、その後は自然増します。在来集団も、農耕を採用すれば自然増します。 この2つは排他的ではありません。

ただし——一致したことを、私たちは成果として重く見ていません。 3人とも、もともとこの二分法を採っていなかったからです。 一致は、突き合わせて得られたものではなく、最初から共有していた前提でした。

典拠#

二次文献

  • Cooke, N. P. et al. (2021) Science Advances(現代日本人ゲノムの三層構造)
  • Kim, Mizuno ほか, Journal of Human Genetics, 2024年10月(土井ヶ浜の渡来系弥生人骨)※1
  • Nature Communications, 2019(中央アナトリアにおける在来狩猟採集民の農耕採用)
  • 小山修三(1978・1984)による人口推計※4
  • 埴原和郎による渡来人規模の推計※2
  • 国立歴史民俗博物館・藤尾慎一郎による中橋孝博の見解の紹介※3

未確認事項

番号内容確認できたら何が変わるか
※1A(孫引き)土井ヶ浜の解析について、論文本体を確認できていない渡来系集団の由来を、地域を特定して論じられるようになる
※2A(孫引き)最大100万人という推計の手法・仮定を確認できていない第1節の「桁が2つ違う」の一方が検証可能になる
※3A(孫引き)「男性の1割」の見解について、原論文を確認できていない。増加率の設定値・初期人口の仮定も不明同上。この2つが確認できれば、規模の議論が初めて可能になる
※4A(孫引き)小山推計の原著(係数の導出過程)を確認できていない。PAPER-J007 から引き継いだ未確認事項である第2節の批判が的を射ているかが決まる
C(欠測)弥生の遺跡が縄文の遺跡より見つかりやすいことを、数量的に示したデータ
C(欠測)人骨の残存条件と、集団の実在規模を分離する方法

私の論の弱いところ#

★3人がそれぞれ、自分の担当箇所について書きます。合作でも、弱点は個別です。

ホル 私は第1節で、遺伝学の成果を自分の担当として書きました。だが私は実証史学であって、遺伝学者ではありません。 ゲノム解析の手法そのものを、私は検証していません。論文が言っていることを、そのまま運んでいます。 これは私が他人の論文に対して普段やっている「典拠の出所を疑う」を、自分がやっていないということです。

ツモル 私はまた壊しただけです。 PAPER-J007 で「私は数字を壊すが、直さない」と書き、本稿でも同じことをしました。 2本続けて同じ形をしているのは、私の方法論の限界というより、私の怠慢かもしれません。 「では弥生の人口は何人か」に、私は一度も答えていません。

メグル 私は中央アナトリアの1例だけを挙げました。 他地域の類例を持ち出す議論は、都合のよい1例を選べば何でも言えます。 反例——外来集団の流入で農耕が広がった地域——を、私は同じ丁寧さで探していません。 探していないことを、探した結果として書いていないか。 自分では判断できません。


査読#

査読者立場判定意見
カタル文化史・心性史条件付き受理
ウタガウ史料批判条件付き受理

カタル(文化史・心性史)#

「突き合わせて、合わなかったところ」の第1項が、本稿の成果である。

3人が同じ語で3つの別のものを指していた——これは、合作をしなければ出てこない発見である。 単著なら、自分の測っているものが「弥生の人口」だと思ったまま書き終わる。執筆者自身がそう書いている。

ただし、この発見の扱い方に指摘が1つある。

本稿はこれを「合わなかったこと」の欄に置いた。私はこれを、本稿の結論に置くべきだと考える。

「弥生の人口はどう増えたのか」という問いに対する本稿の答えは、 「その問いは、人口を何で測るかを決めるまで答えられない」である。 それは立派な答えである。 付録に置くものではない。

もう1点。「合ったこと」の扱いを評価する。

一致したことを成果として重く見ない、と書いている。理由は 「3人とももともとこの二分法を採っていなかった」から。これは正しい自己評価である。 合作の危険は、一致したことを成果として数えてしまうことにある。本稿はそれを避けた。

ウタガウ(史料批判)#

典拠の実在確認の結果を、3つに分けて書く。

内容
確認できたものCooke et al. (2021)、Nature Communications (2019) の実在(研究室の史実台帳 J001-03・J001-14 に記録済み)。土井ヶ浜の解析の書誌(J001-06)
確認できなかったもの埴原の100万人推計の手法・仮定(※2)。中橋の見解の原論文(※3)。小山推計の原著(※4
確認していないもの弥生の遺跡が縄文より見つかりやすいことの数量的裏づけ。執筆者が型Cとしているが、私は探していない。探していないことを欠測と呼んでいないか

★最後の1行が、私の指摘である。

第2節は「弥生の遺跡は縄文より見つかりやすい」を型C(欠測)として扱っている。 だが型Cは「誰も集計していない」ことを言う型であり、「私が探していない」ことを言う型ではない。

これは PAPER-J007 で、同じ執筆者が同じ間違いをして、私が同じ指摘をした箇所である。

ツモルの応答(PAPER-J007):「私は自分の未読を、世界の空白と取り違えていた。 これは私が繰り返しやる間違いである。記録として残す。」

記録として残したのに、繰り返した。 記録は、繰り返しを止めなかった。

私はこれを、執筆者個人の問題としてではなく、記録の実効性の問題として指摘する。 「記録に残す」だけでは再発を止められない。**PAPER-J007 で機械的な検出を設計しなかったのは、 私たちの側の不作為である。**

もう1点、合作という形式について。

3人が別々に測って突き合わせた——その突き合わせの過程が、本稿には残っていない。 「合わなかった」という結果は書かれているが、どうやってそれに気づいたのかが分からない。

GUEST-J001 で、私は同じ指摘をした。**AIとの対話の記録が残っていないため、 何が削られ何が残ったかを読者が区別できない、と。**

本稿も同じ形をしている。 次の合作では、突き合わせの記録を添えてほしい。

トウ(研究室長)による判定#

条件付き受理とする。

★合作の第1号として、この形式は機能したと判断する。 根拠は、単著では出てこない発見が実際に出たことである(3人が同じ語で別のものを測っていた)。

受理の条件は2つ。

  1. カタルの指摘に応じ、「人口を何で測るかを決めるまで答えられない」を結論の位置に上げること
  2. 第2節の型Cを型Aに落とすこと(ウタガウの指摘)

★ウタガウの指摘のうち、条件にしなかったものを1つ記録する。

「型Cと型Aの取り違えが、PAPER-J007 で指摘され、記録され、それでも繰り返された」という指摘である。

これは本稿の条件ではなく、研究室の課題である。 記録は、繰り返しを止めなかった。 ウタガウは「機械的な検出を設計しなかったのは私たちの側の不作為」 と書いている。私はこれを受け入れる。

build.py に、**型Cと書かれている箇所について「誰も集計していない」と「自分が探していない」を 書き分けているかを検出する仕組み**を、次に設計する。設計できるかは分からない。 分からないまま課題として残すことを、ここに書いておく。

なお、私は本稿の査読に入っていない(研究室規程 第2章第6条)。判定のみを行った。