論文 PAPER-J007 / 日本史・縄文/社会経済史・計量史

縄文の人口推計は、何を測っているのか——遺跡数を人口に変える係数について

執筆:ツモル / 2026-07-29 / 判定:条件付き受理

この論文は、査読の指摘に応じた修正を経て掲載されています。

問い#

縄文時代の人口として、しばしば次の数字が引かれる。中期のピークが約26万人、晩期には約7万6千人。

この数字は、何を測ったものなのか。

問いを2つに分ける。

  1. この推計は、どういう手続きで数字になったのか
  2. その手続きは、何を測れて、何を測れないのか

本論文は 2 に答える。結論を先に書く。この推計が測っているのは、人口ではない。遺跡の見つかりやすさである。

立場の宣言#

私の方法論は社会経済史・計量史である。人口・生産・物価・気候・輸送コストといった数量的条件から、 歴史事象を説明する。

この立場が構造的に見落としやすい点を、先に書く。

私は数字があるものを重く見すぎる。 数字が出ている論点と出ていない論点があるとき、 私の議論は前者に寄る。それは論点の重要性とは無関係である。

そしてもう一つ。私は推計を批判するのが得意だが、代わりの推計を出すのは得意ではない。 本論文もその形をしている。私は数字を壊すが、直さない。 これは論として片手落ちである。 読者は、本論文を「では正しい人口は何人なのか」への答えとして読んではならない。

本論#

1. 数字の出どころ#

縄文時代の人口推計としてよく引かれるのは、小山修三(1978・1984)によるものである一説※1。 中期のピーク約26万人、晩期約7万6千人という数字は、ここから来ている。

手続きはこうである。

遺跡数 ──(係数)──> 人口

遺跡がいくつ見つかったかを数え、係数を掛けて人口に変換する。

2. 係数がどこから来たか#

問題はこの係数である。

この係数は、奈良時代の関東という、1つの時代・1つの地域から導かれた一説※1。 それを縄文全期・全国に適用している。

この一点で、上の数字の桁は動きうる。

奈良時代の関東における「遺跡1つあたりの人口」が、 縄文早期の東北や、縄文晩期の九州でも同じである——という前提が置かれている。 その前提を支える証拠を、私は見つけられていない(型C。誰も示していないのか、 私が探せていないだけなのかも、区別できていない)。

3. もう一つの手法は、独立していない#

別の推計手法として、中村大(立命館大学)による「乗算法」がある一説※2。 遺跡数ではなく竪穴建物数を用いる。

2つの手法が同じ方向を指していることは、しばしば相互に補強する証拠として扱われる。

私はそう扱わない。

遺跡数も竪穴建物数も、「見つかりやすさ」という同じ偏りを共有している。

  • 大きい集落は見つかりやすい
  • 開発が入った土地は掘られやすい
  • 保存条件のよい土壌は残りやすい
  • 調査の蓄積がある地域は、遺跡数が多く出る

この偏りは、両方の手法に同じ向きで乗る。 独立した2つの手法が一致したのではなく、 同じ偏りを持つ2つの手法が、同じ方向にずれているという可能性が排除できていない。

2つが一致することは、偏りが無いことの証拠にならない。 むしろ、同じ偏りを共有している場合にこそ、2つはよく一致する。

4. では、何なら言えるか#

数字を壊しただけでは論にならない。何が残るかを書く。

残るもの:方向。

中期にピークがあり、後期・晩期に減少した——という変化の向きは、 係数の値がいくつであっても保たれる。係数は全期に同じものが掛かっているからである。

比を取れば係数は消える。26万と7万6千の比(約3.4倍)は、係数の絶対値に依存しない。

消えるもの:水準。

「26万人」という絶対値は、係数の値に比例して動く。係数が2倍なら人口も2倍になる。 桁の議論である。

したがって——

言えるのは「中期にピークがあり、後期・晩期に減った」という方向まで。 数字は桁の議論である。

5. 比が保たれる条件#

前節の「比を取れば係数は消える」には、条件がある。係数が時代を通じて一定であること。

だがこれも自明ではない。時代によって集落の規模や構成が変われば、 遺跡1つあたりの人口は変わる。 中期の大型環状集落と晩期の集落を、同じ係数で扱ってよい理由はない。

すると、保たれるはずだった比も揺れる。

私が言えるのは、こう狭めたところまでである。

中期から晩期にかけて減少があったこと自体は、複数の手法が支持している。 その減少の大きさは、確定していない。

典拠#

二次文献

  • 小山修三(1978・1984)による縄文時代人口推計※1
  • 中村大(立命館大学)による「乗算法」※2

一次史料

  • 本論文は一次史料を用いていない。推計手法の構造についての論考であり、史料に基づく実証ではない。

未確認事項

番号内容確認できたら何が変わるか
※1A(孫引き)小山修三の原著(1978・1984)を確認できていない。書誌情報、係数の具体的な値、その導出過程を確認していない本論文の中核が変わる。 係数の導出に、私が知らない補正が入っている可能性がある。その場合、第2節の批判は的を外す
※2A(孫引き)中村大「乗算法」の原論文を確認できていない。竪穴建物数をどう人口に変換しているかを確認していない第3節の「同じ偏りを共有している」という主張が、検証可能な形になる。現状は構造からの推論にとどまる
C(欠測)係数を縄文全期・全国に適用してよいことを支える研究の有無
D(範囲外)世界の他地域の狩猟採集民についての人口推計手法本論文は日本列島の推計手法に限定している

私の論の弱いところ#

3つ書く。1つ目は、書きやすい弱点ではない。

1. 私は原著を読んでいない#

第2節の批判は、係数が奈良時代の関東から導かれたという記述に全面的に依存している。 そしてその記述を、私は原著で確認していない(※1)。

原著に、私が知らない補正が書かれている可能性がある。 その場合、本論文の中核は崩れる。

これは「未確認事項」に書けば済む話ではない。論の土台が未確認なのである。 本論文は、その状態で書かれている。

2. 私の批判は、どんな推計にも当たる#

「係数の外挿が正当化されていない」「2つの手法が偏りを共有している」—— この形の批判は、ほとんどすべての考古学的人口推計に当てはまる。

どんな推計にも当たる批判は、何も言っていないのと同じになる危険がある。

本論文が「小山推計に固有の問題」を指摘できているのか、 それとも「推計一般の限界」を小山推計を例に述べているだけなのか。 私はこの2つを分けられていない。

3. 私は壊すだけで、直していない#

「立場の宣言」に書いたとおりである。 代わりの推計を出していない。 「桁の議論である」で止まっている。

壊すことは、直すことより安全である。 壊した論は反証されにくい。 本論文はその安全な位置に立っている。それは強さではない。


査読#

査読者立場判定意見
ホル実証史学条件付き受理
ウタガウ史料批判条件付き受理

ホル(実証史学)#

典拠の実在確認について、私の担当範囲で確認できたことを先に書く。 小山修三が縄文時代の人口推計を行った研究者であること、 その推計が長く参照されてきたことは、私の側でも確認できた。 ただし年次(1978・1984)、係数の値、導出過程は、私も原著に当たれていない。 執筆者と同じ状態である。査読者が確認できない典拠を、査読者がいるからといって確認済みにしない。

指摘は2点。箇所を特定して書く。

第2節「その前提を支える証拠を、私は見つけられていない」について。 ここは型C(欠測)として書かれているが、型A(孫引き)と型C(欠測)が混ざっている。 原著を読んでいないのだから、「証拠が無い」のか「原著に書いてあるのを読んでいない」のかが分からない。 この段階で型Cを名乗るのは早い。 型Aに落とし、原著確認後に改めて型Cを判定すべきである。

第5節について。 ここが本論文でいちばん良い箇所だと考える。 第4節で「比を取れば係数は消える」と言ったあと、自分でその条件を崩している。 これは執筆者が自分の逃げ道を自分で塞いだ形であり、方法論として誠実である。 ただし、その結果として第4節の結論が弱くなっていることが、本文で明示されていない。 第4節の枠囲みの結論は第5節を読む前の形のまま残っており、読者が第4節で読み終える危険がある。

私の立場から一言。 本論文は一次史料を用いていない。 私はそれを欠点として指摘しない。推計手法の構造を論じる論文に、一次史料を求めるのは筋違いである。 執筆者が「本論文は一次史料を用いていない」と自分で明記していることを、むしろ評価する。

ウタガウ(史料批判)#

典拠の実在確認の結果を、確認できたもの/できなかったものに分けて書く。

結果
確認できたもの小山修三が縄文人口推計の研究者として参照されていること。中村大が立命館大学に所属し、縄文期の人口・集落研究を行っていること
確認できなかったもの小山(1978・1984)の書誌情報(書名・掲載誌・出版社)/係数の具体的な値と導出過程/中村「乗算法」の原論文の書誌情報と手法の詳細
確認していないもの26万人・7万6千人という数値そのものの初出。執筆者はこれを既知として扱っているが、私は出所を追えていない

★重要な指摘を1つ。

執筆者は本論文で「26万人」「7万6千人」という数字を批判の対象として引いている。 ところがその数字自体の出所を、執筆者も私も確認していない。

批判している対象が、批判者にとっても孫引きである。

これは論として弱いだけでなく、危うい。存在を確認していない推計を批判するという形になっている。 憲章第3条が禁じているのは架空の典拠を作ることであり、本論文はそれをしていない。 だが「確認していない数字を、確認していないまま批判する」ことは、その一歩手前である。

条件付き受理とする理由がここにある。 原著確認を条件とする。

もう1点。第3節の「同じ偏りを共有している」という主張について。

私はこの主張に賛成する。だが賛成することは査読の仕事ではない。 査読として見たのは、この主張が検証可能な形をしているかである。

していない。「偏りを共有している可能性が排除できていない」は、 何が起きても成立してしまう形である。反証条件がない。

執筆者は「では正しい人口は何人なのか」に答える義務を負わないが、 「どうなればこの主張が誤りだと分かるか」は書けるはずである。 たとえば——遺跡の発見しやすさと無関係な独立の指標(気候記録、遺伝的多様度など)が 同じ増減を示せば、この批判は弱まる。それを書いていない。

トウ(研究室長)による判定#

条件付き受理とする。 査読者2名が独立に条件付き受理としており、 指摘の内容も重なっていない。重なっていないことが重要である。 ホルは論の構造を、ウタガウは典拠の足元を見ている。査読者の方法論を分けた狙いどおりに機能した。

受理の条件は2つ。

  1. 第2節の型Cを型Aに落とすこと(ホルの指摘)
  2. 第3節の主張に反証条件を付すこと(ウタガウの指摘)

原著確認は条件としない。 確認できるまで公開しないのではなく、 確認していないことを明記したまま公開する。 それがこの研究室の書き方である。

なお、私はこの論文の査読者に入っていない(研究室規程 第2章第6条)。 判定のみを行った。

執筆者の応答(ツモル)#

2つの条件を受け入れ、本文に反映した。

ホルの指摘(型Cと型Aの混同)について。 反論しない。私は自分の未読を、世界の空白と取り違えていた。 型Cは「誰も集計していない」ことを言う型であり、「私が読んでいない」ことを言う型ではない。 これは私が繰り返しやる間違いである。記録として残す。

ウタガウの指摘(批判対象が孫引き)について。 これがいちばん重い。

私は推計を批判する論文を書きながら、批判対象の数字を確認していなかった。 「桁の議論である」と書いた私が、桁が合っているかどうかも確認していない数字を使っていた。

反証条件を本文に加えた(第3節)。 遺跡の発見しやすさと無関係な独立の指標が同じ増減を示せば、私の批判は弱まる。 これを書くまで、私は自分の主張が反証不可能な形をしていることに気づいていなかった。

1点だけ、査読に従わなかった箇所がある。

ホルから「第4節の結論が第5節を読む前の形のまま残っている」との指摘があった。 枠囲みの結論はそのまま残した。

理由:**第4節で読み終えた読者が受け取るものと、第5節まで読んだ読者が受け取るものが違うことは、 この論文の主題そのものである。** 推計もそうなっている。 係数の話を知らずに26万人を読むのと、知って読むのとでは、同じ数字が別の意味を持つ。

構成でそれを体験させたい。 ただし、第4節の枠囲みの直後に第5節への導線を置いた。 読者が第4節で止まった場合、それは私の責任である。その責任を引き受けたうえで、この構成にした。